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オノヨーコの平和と芸術はルーツには幕末悲劇とロシア芸術がある

投稿日:2018-05-05 更新日:

オノ・ヨーコさんは世界で事件が起こると、

即座に立ち上がり、平和と愛を掲げる勇気の根源はどこから来るのか?

芸術作品の多くを平和と愛をスローガンとして、

高く評価されているそのルーツには、

日本の歴史にある幕末の悲劇の中で結ばれた、壮絶なルーツと

豊かさから生まれた反骨精神の中で、日本を飛び出した伯父さんの気質と

ロシアの文学や芸術がオノヨーコさんに大きく影響を与えたようです。

オノヨーコの父方の父ルーツ

オノ・ヨーコ(小野洋子)

夫 ジョン・レノン

子(男児)ショーン・タロー・オノ・レノン

  • オノヨーコの父方のルーツ

オノ・ヨーコ(小野洋子)の父 小野 英輔 東京銀行常務

英輔の長男 小野 俊一 動物学者

英輔の次男 小野 勇二は、後に母方の税所家の養子になり

「税所 篤二」と名を変えています。 美術評論家

英輔の三男 小野 英二郎 オノヨーコの祖父で日本興行銀行総裁

 

俊一の最初の妻 アンナ・ブブノア バイオリニスト(ロシア人)

再婚の妻 浪子との間に生まれた男児 有五 北海道大学大学院名誉教授 地球環境学

オノヨーコの父方の曾祖父母 小野 英二郎と鶴

曾祖父 税所信篤(さいしょ のぶあつ)(篤人 あつと) 岡山藩士

曾祖母 嘉與(かよ)

(福島県二本松市の丹羽備中の子、正定(求馬)(もとめと呼ぶ)の娘)

祖母 鶴さん

壮絶な祖父母の結婚

江戸時代後期の歴史にある「戊辰戦争」では、

官軍の岡山藩士の税所信篤(さいしょ のぶあつ)(篤人 あつと)は、

官軍の兵士として福島県二本松城に攻め込んだ時に、

嘉與(かよ)さんが美しすぎたことから

自分の妻として岡山に連れ帰ったと伝えられています。

二本松城の殿様は、丹羽藩主で家臣が越後(現在の新潟県)に

逃がしたあと自刃したところに、官軍の岡山兵士らが押し寄せてきたそうです。

そこに、まだ生きていたのが、娘嘉與(かよ)さんと

その弟だったと伝わっています。

この戦いの後、江戸時代から明治時代に年号が変わりました。

官軍の岡山藩士の税所信篤さんと、嘉與(かよ)さんとの間に生まれたのが

「鶴」(つる)さんです。

「鶴」という名前の由来は、

福島県会津若松市の鶴ヶ城の「鶴」から名づけられました。

鶴さんは、その後、クリスチャンとなり、同じ信仰を持つ小野英二郎さんと結婚しています。

オノヨーコの父方の祖父母

オノヨーコさんの祖父は、立花藩士の子孫の小野英二郎さんです。

小野英二郎さんの性格は温厚で学問や研究を好み、

人と争うことを好まないことから、

多くの友人から慕われたと語られています。

その頃の職業は、京都府の同志社大学で経済学の教職だったが、

その才能と気質から銀行に求められて転職しています。

教職時代は慎ましい生活だったようですが、

銀行家となると、生活は一転して華やかで豊かになり、

小野一家はセレブへの仲間入りを果たしたようです。

ちなみに…

福島県二本松市は、財政が貧しく家臣たちは、古い武具で戊辰戦争を戦いました。

オノヨーコさんのルーツは、官軍の武将と、敗者の中で生き残った娘が、その妻となり、

その男女が結婚するという形を、何度か繰り返しているようです。

平和と愛を伝える活動をすることのルーツがここにもありそうですね。

オノヨーコの伯父さんとロシア芸術

小野一家が裕福な生活になると、長男の俊一さんは、反発するようになり、

親の反対を押し切って動物学の研究に励み、

ドイツのマールブルク大学へ留学を決意しました。

俊一さんはドイツを目指してシベリアを経由してモスクワまで着くと、

第一次世界大戦が始まったことから、ドイツまで行けなくなったようです。

ロシアでサンクト・ペテルブルグ大学で動物学を学び、

優秀な生徒として教授たちから高い評価を受けます。

ロシアで2年ほど経った頃、

バイオリニストのアンナ・ドミトリエヴナ・ブブノワさんと出会い

恋に落ちたようです。

 

【こぼれ話①】

アンナさんの母はロシア貴族ヴリフ家の出身で、

貴族女性の教養では物足りなくて、プロのオペラ歌手を目指して、

親の反対を押し切って家を出てフランス語を教えながら、舞台に立っていました。

経済的に苦しい生活から、出会った男性と結婚して、

3人の娘を授かると、学問や芸術を教えました。

長女のマリアにはピアノ。

次女のワルワラには絵画。

三女のアンナにはバイオリン

(アンナは、小野俊一と結婚して日本に来ます)

 

小野俊一さんは、留学する時に父との約束の一つに、

外国の女性と結婚してはならないとあったが、

ロシアに革命が来ると、日本大使館も引き上げてしまうので、

俊一さんとアンナさんは、教会で結婚した足で、日本へと帰国しました。

かつて、日露戦争で戦った2つの国の男女が結婚という形で再度結びつくのでした。

  • ロシア芸術と小野家

日本に来たアンナさんは日本には西洋の音楽がないことから、

バイオリン教室を開いて、後に日本を代表するバイオリニストを輩出しています。

アンナさんの母と二番目の姉のワルワラさんが、日本に遊びに来た最中、

ロシアの情勢が突然変わった事から、

祖国に戻れなくなってしまいました。

言葉も通じないまま日本で暮らさなくてはならなくなり、

心のよりどころを芸術に求めたそうです。

アンナさんの母は、語学やオペラの声楽やピアノを日本人に教えました。

二番目の姉のワルワラさんは、画家として日本美術を学んで、

ロシアの美術と日本美術を融合した、新しい芸術を生み出しました。

後に、早稲田大学や東京外語大学で、

ロシア語やロシア文学や詩の朗読の方法を教えるなどして、

日本語とロシア語の通訳などの育成に貢献するようになったそうです。

オノヨーコさんにとってアンナさんは義理の伯母になるが、

血のつながりはありません。

しかし、オノヨーコさんの父は、アンナさんにピアノを習い、

ピアノが好きだったそうです。

小野俊一さんとアンナさんは離婚しています。

ロシア人の女性3人を離婚してからも、近くで支えていたことから

オノヨーコさんのルーツには、敵と味方との間で結婚を繰り返しているので、

平和や愛や芸術、文学をこよなく愛して、現在に至っています。

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りおさ

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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