Men 落語家

柳家花緑が発達障害と向き合い子供に人気の知的落語家へ

投稿日:2018-05-20 更新日:

落語家の柳家花緑さんは、フジテレビ系列の日曜日の朝7:00~7:30に放送される「ボクらの時代」で発達障害を持っていることをあかしていました。

落語家仲間の林家正蔵さんと立川志らくさんとのトークが繰り広げれています。

3人それぞれの、最近の落語の話しや私生活が語られていました。

子供向けのテレビ番組に出演したことがきっかけで、落語が知的な学問の一つとして取り上げられるきっかけを作ったのは柳家花緑さんです。

親しみを感じながらも幅広いジャンルで活動していることから、自身の持つ障害を受け入れながらも、知的な印象を醸し出しています。

柳家花緑・発達障害と知った時はショックだった

竹書房から著書「花緑の幸せ入門」を出版して、すでに発達障害という病名をあきらかにしています。

発達障害を知ったのはいつ?

13歳の時に、テレビ出演がきっかけだったそうです。

学校の通知表を公開すると、テレビを見ていた人たちから告げられたそうです。

「自分の子供と同じです」

「自分の子供と同じ障害を持っています」

花緑さんが13歳の頃は、まだパソコンは今ほど流通していなかったので、お手紙が届いたようですね。

病気を知った時の気持ちは?

「ショックだった」と一言。

でも、今では知ってよかったと話しています。

花緑さんが子供の頃は、普通学級と複式学級の線引きがあいまいでもあり、はっきりしているようにも見えます。

花緑さんは普通学級に通っています。

障害を持つ生徒は複式学級に入っていました。

生徒が少ないので2つ以上の学年を一つにした学級で勉強します。

複式学級は昭和初期時代に人口の少ない地域でも存在した制度です。

重度の障害を持つ生徒は養護学校へ通います。

私のいとこが中学校の教員で、養護学校に赴任した時には、ハサミなどを使う時が一番気をつかうことをあかしていました。

柳家花緑が患った発達障害について

脳の発達や脳の機能が、多くの人とは違うので、社会生活や日常生活に困難を抱える状態のことで、「定型発達」とも呼ばれています。

いつから発症するの?

これは生まれつきで、特性は幼少期から障害続くといわれています。

大人になってから発達障害になることはないそうです。

しかし、最近は「大人の発達障害」という表現されることが多くなりました。

それは、この数年の間に起きている現象のようです。

一般人として社会生活を送る中で、学生時代には目立たなかった特性が職場の厳しい環境にさらされているうちに、わかってきたことが「大人の発達障害」という表現になっているようです。

どんな時に発達障害を疑うの?

職場では苦手な事でも、最後まで責任を持たなければなりません。

学生時代は、得意、不得意の差が激しく感じることがあっても、先生や生徒が協力してくれたり、代わりにやってくれたりします。

職場の環境では締め切りや、複雑な人間関係のなかで、不得意なことを早く正確にやることが求められます。

不得意な事や失敗が続くと、人間関係が狭くなったり、自分の気持ちを優先させて仕事をすすめるうちに、協調性がないとか自分勝手な人という印象を周囲に与えてしまいます。

製造業が発展していた昭和時代は、量産で製造することが求められることが多かったので、周囲と協力しながら仕事に向き合うことができたことや、終身雇用制度に守られていました。

近年では、何でもそつなくこなせるゼネラリストの人材が求められるようになり、少子化で若い人の人口が少なくなると、企業では若い人々に求めることが多くなっているように感じます。

ストレスからくる様々な病気と向き合いながら職場へ向かう人が多くみられるようになりましたが、みんな自分のことで精一杯で隣で働いている同僚を思いやる気持ちが薄れているようにも感じることが多くなりました。

一般に発達障害と表現される病名には様々な症状があるので、それによっても病名は変わるようです。

柳家花緑さんの幼少時代

花緑さんは落ち着きがない子供時代だったと話しています。

いつもしゃべっていたそうです

体育の時間は苦手な子供でした

柳家花緑が落語家になったきっかけは?

花緑さんは勉強が嫌いだったので、両親から部活動をやるか落語をやるかどちらかを選ぶように言われたそうです。

学校も勉強も嫌いだから落語に決めたとか

お母さんは5代目の柳家小さんの娘です

「子供が生まれたらその中から一人は落語家を継がせたい」と考えていました。

兄はバレエ向きの顔とか?

現在はバレエダンサーを引退して振付師や俳優活動もしています。

弟の花緑さんはお喋りが好きなので落語家向きだったそうです。

5代目の柳家小さんは内弟子をとりませんでした

孫の花緑さんが唯一の内弟子となっています。

いつ5代目の柳家小さんに入門したの?

1987年に5代目・柳家小さんに入門。

成績表は?

花緑さんの小学校と中学校の成績表は?

「1」とか「2」で落ちこぼれでした。

小学校1年生では授業についていくことが困難で宿題を忘れることも多かったそうです。

忘れものも多くあったようですね。

先生からは叩かれたこともあると言います。

今なら問題になりそうですね。

先生から叩かれる対象になってしまうと、他の生徒にも影響するので、学校に行っても身の置きどころがなかったし、学校がもっと嫌いになったことをあかしています。

花緑さんの得意科目は?

音楽と美術

字を書いたり読んだりすることは苦手。

落語は師匠から口伝えやカセットテープで覚えたことをあかしています。

音楽の成績が良かったことから耳が良かったようです。

そしてリズムを掴むことも上手!

きっと、喋ることが好きなことに関係するのかも知れません。

花緑さん自身も「おしゃべりのおかげで今があるし、障害にも感謝している」ことを語っています。

フジテレビ系列の番組「ボクらの時代」では、気心の知れた落語家の林家正蔵さんや立川志らくさんと共にいることから、話しの主導権を相手に渡して、リラックスしている表情でいました。

花緑さんが普段ついやてしまうこととは?

「空気を読まず話しを続けてしまう」ことと言います。

柳家花緑さんの結婚生活

どんな女性?

名前はわかっていませんが、一般の女性と結婚しています。

お相手の年齢は?

花緑さんよりも4つ年上なので、今年50歳。

子どもは?

子供はいません。

夫婦のスタイルはいつまでも恋人のようだと話しています。

今後の夫婦の夢は?

東京と地方に住まいを2つ持つこと。

別居するためではなく、夫婦で好きな家を建てて住むという。

落語界のノマドワーカーと言えそうですね。

ちなみにノマドとは、遊牧と言う意味なんだそうです。

花緑さんは初婚?

2010年に現在の妻と結婚。

現在の妻と出会う前に、大恋愛をしていました。

結婚を前提に交際していたのが、同業者で落語家の「林家きく姫」さんです。

2001年に同居生活がスタートされ婚約。

予定では2002年に結婚のはずでした。

その頃、2002年5月、結婚前に祖父で師匠の5代目・柳家小さんが亡くなりました。

喪に服したまま林家きく姫さんと婚約しましたが結婚の予定がたたない状態の延期。

2009年:別居の後、破局。

2010年:現在の妻と結婚。

柳家花緑のプロフィール

名前:柳家 花緑(やなぎや かろく)

本名:小林 九(こばやし きゅう)

生年月日:1971年8月2日

年齢:46歳

出身地:東京都

職業:落語家

師匠

祖父で「5代目柳家小」

本名、小林 盛夫(こばやし もりお)

落語家として初の人間国宝に認定された人物

柳家花緑さんの家族構成(補足)

6代目は叔父・小林 義弘(こばやし よしひろ)

(旧姓・小堀 こほり)が「柳家小」を襲。

花緑さんのお父さんは、落語を継ぎませんでした。

父:和田 恵秀(わだ けいしゅう)

職業:画家・俳優・声優・歌手活動をしています。

母:小林 喜美子(こばやし きみこ)

職業:元タレントで主婦

5代目・柳家子

本名「柳家盛夫」の娘です。

花緑さんの兄は:小林 十一(こばやし じゅういち)

職業:元バレエダンサーで引退後は振付師

柳家花緑の名称

1987年、5代目、柳家小へ入門して「九太郎」を名乗っています。

  1. 柳家九太郎 1989年から1989年
  2. 柳家小緑  1989年から1994年
  3. 柳家花緑  1994年から現在

受賞歴

1998年 平成9年度国立演芸場花形演芸大賞受賞

2000年 彩の国落語大賞受賞

2001年 平成12年度国立演芸場花形演芸大賞受賞

活動範囲

2004年 映画「ヒナゴン」に西野俊彦役として主演。

その後、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」に出演して「寿限無」(じゅげむ)を披露したところ子供に人気となりました。

「寿限無」とは、ことば遊びとして知られる古典的な囃(おはやし)です。

早口言葉として知られています。

生まれた子供がいつまでも元気で長生きできるようと考えて、とにかく長いものが良いと考えられました。

縁起の良い長い名前をつけたと言う笑い話です。

最後まで聞くとちょっと笑えないような箇所もでてきますが、落語として聞くと面白いお話しです。

私は学校時代に国語の先生が授業の雑談の中から教えてもらった記憶がありました。

この、「寿限無」(じゅげむ)が子供達の人気のきっかけとなり、わかりやすい落語を子供達に伝える活動が多くなっていきました。

落語が知的な学問の一つとして取り上げられるきっかけを作ったのは柳家花緑さんです。

親しみを感じながらも幅広いジャンルで活動していることから、自身の持つ障害を受け入れながらも、知的な印象を醸し出しています。

最後まで読んで下さいましてありがとうございました。

りおさより

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
りおさ

りおさーチ

こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

-Men, 落語家

Copyright© , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.