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梨園の妻の堀越季実子が語る家族と成田屋の妻に嫁いでから40年

投稿日:2018-05-26 更新日:

梨園の妻のイメージは、歌舞伎の世界のしきたりが大変なことしか思い浮かばないのですが、堀越季実子さんが語る成田屋の家族の風景には心温まる繁盛物語が素敵でした。

堀越季実子さんという人物を、女性の目線で梨園に嫁いだ家族の風景を掲載します。

堀越季実子さんとはどんな人物?

堀越季実子さんは、東京出身の一般の家庭に生まれ育ちました。

一人っ子で両親や友人と子供時代を過ごしたそうです。

 

両親は、季実子さんに早く嫁いでほしかったので、お見合いを10回ほどしたことをあかしました。

しかし、まだ若かったので家庭ということがイメージできなかったことから、自分から断ってしまったそうです。

梨園に嫁いだいきさつは?

23歳の時に、十二代目市川團十郎さんのもとへ嫁ぎました。

お見合い結婚です。

友人の遠い親戚に紹介されました。

外で会うのは目立つからという理由で楽屋でお見合いしました。

その後は、食事に行ったりすることはあったが、基本は家の中でデートしたようです。

結婚が決まった時、周囲の人々から梨園に嫁ぐとは大変ねと言われたが、その時はピンとこなかったそうです。

梨園の妻は大変?

全く知らなかった歌舞伎の世界に嫁いで、しきたりがまったくわからなかったことをあかしていました。

梨園の妻になると、夫の母からしきたりを習うことが通例なんだそうです。

しかし季実子さんにはお姑さんが亡くなっていたことから、番頭さんに教わりました。

番頭さんとは、成田屋に長く務める執事のような存在の人です。

(成田屋とは、屋号のこと)

季実子さんは番頭さんに教わって少し覚えていったことを語っていました。

初めからなんでも言われたとおりにできる人はいないし、失敗もよくしてしまうことから、番頭さんに叱られてばかりだったそうです。

その時は悔しかったし、悲しかったことから、きっと何度も泣いちゃったかもしれません。

嫁いでから、大変なところに来てしまったと思ったことをあかしています。

一人で着物を着ることができなかったので、着付けに通って汗びっしょりになりながら覚えたという経験から、いつも凛とした姿は人知れず頑張ってきた証のようにも感じます。

しかし両親や友人に話すことはなかったそうです。

人に家の中のことを話してはいけないと思っていたし、両親に話したら心配するからと、自分の胸の中におさめたことなどは、私達の生活のお手本にしたいところに思いました。

成田屋のおもてなし

おもてなしの基本は挨拶にあり?

梨園に嫁いでから一番大変だったことを当時、挨拶回りが一番大変だったと話していました。

玄関先でご挨拶すると、どんなにすすめられても家に上がらずに帰ってくるように番頭さんに言われたそうです。

 

挨拶は、一般の世界でも基本ですが、芸能界や梨園の世界を垣間見ると、その気遣いに学ぶことが多くあるように思いました。

手土産(てみあげ)を持っていく品物は、選りすぐりでセンスが光ります。

今、季実子さんは着物デザイナーとして活躍しています。

挨拶は風呂敷に包んで持ちます。

自身でデザインしたオリジナルの風呂敷を、桐の箱に大判の風呂敷が選りすぐりの手土産(てみあげ)に、ご挨拶に伺うそうです。

家族の風景と夫の闘病生活

梨園に23歳で嫁いでから40年の時を経て、家族の風景をテレビや著書などで語れるようです。

昭和 12代目市川團十郎を襲名した時は、妻は23歳でした。

お祝いにかけつけたお客様は、当時の総理大臣など有名人が多かった中で、嫁いだばかりで何もわからないまま、対応したことを語っています。

当時の取材の対応で、ご挨拶回りが大変だったこと話していました。

子供は長男と長女を授かりました。

長男は?

長男は成田屋の後を継いだ市川海老蔵さんです。

本名「堀越 竇世」(ほりこし たかとし)

旧名「堀越 孝俊」(ほりこし たかとし)

十一代目、市川海老蔵を襲名

生年月日 1977年12月6日生まれ

豪快な性格と父親譲りの、はっきりした顔立ちが特徴です。

父親が金銭トラブルに見舞われた時、長男がすべて肩代わりして、身を粉にして働きました。

妻、麻央(まお)さんは、元キャスターをしていました。

 

長女は?

本名「堀越 智英子」(ほりこし ちえこ)さんといいます。

日本舞踊・市川流「三代目、市川ぼたん」を襲名しました。

1979年5月26日生まれ

夫の闘病生活

夫・市川團十郎さんが元気でいた頃は、息子の海老蔵さんと演出のことで反発することもあり、よくぶつかったことから、家庭の中の空気が重かった時期があったそうです。

團十郎さんは破天荒だったことから、息子の海老蔵さんに婚外子ができても寛大な態度でいました。

しかし、芸には厳しかったことから、成田屋の歌舞伎のファンが今も絶えることがありません。

2004年から体調を崩しやすくなりました。

よく風邪をひくようになったそうです。

お客様に見えないように、舞台裏で酸素マスクをしていたのだとか。

季実子さんが付き添って、病院に連れて行ったら白血病と診断されました。

即、入院となり、それから10年間の闘病生活を家族みんなで支えています。

娘・ぼたんさんが話し相手になってことが救いだったよう。

家族の愛情を身近に感じると、團十郎さんの症状がはよくなっていったので、

もしかしたら治るのでは?と思ったそうです。

闘病生活では息子の海老蔵さんとも良い親子関係を築くようになったそうです。

妻の季実子さんは、できるだけ一緒にいる時間を大切にしたことから、いろんなことをよく話すようになったそうです。

いろいろな話の中には、十二代目市川團十郎さんとして舞台に立つことことを願っていました。

2013年2月3日、夫・市川團十郎さん(66際)没。

惜しくも、跡取りの孫の勸玄(かんげん)君を見ることができませんでした。

同年、3月22日、孫・勸玄(かんげん)君(男児)が生まれました。

闘病生活の中で家族を明るくした出来事とは?

息子の海老蔵さんが妻の真央さんを妻に迎えたことでした。

2010年1月29日、婚約会見があった時は、嬉しかったそうです。

季実子さんは、麻央さんに会った事がない時から、テレビで見て「こんな人がお嫁さんに来てくれたら」と思っていたので、闘病生活の夫と喜んだそうです。

2011年7月25日、第一子、麗禾ちゃん(れいか)(女児)が生まれました。

初孫に会えたことが市川家の人々の心を癒したようです。

麗禾ちゃんの可愛さが注目されましたね。

2013年3月22日、第二子、勸玄君(かんげん)(男児)が生まれました。

しかし、真央さんは2017年に病で亡くなりました。

病は長男の出産から一年後に乳がんの気配が確認されていました。

しかし、麻央さんは早期の対応が遅れたために思い症状を患ってしまったようです。

極秘で治療を続けましたが、記者会見を開いてあきからにすると、ブログなどで自身の病気を向き合っている姿を掲載して、同じ病気で闘っている人の励まして話題となりました。

海老蔵さんが妻・真央さんの闘病生活に献身的に向き合ったことには、父の看病がベースにあったのかもしれません。

季実子さんは、2人のお孫さんの母親代わりとして毎日奮闘しているそうです。

2018年4月20日、成田山新勝寺での出来事では?

勸玄(かんげん)君(5際)が突然、

「歌舞伎の道に進みたいと思います」と宣言しました。

幼稚園の時には、「ケーキ屋さんになりたい」といって周囲を驚かせました。

麻央さんが亡くなってから、父の愛情をしっかり受けて、少し大人になったように思いました。

勸玄(かんげん)君は、星や月を見ることが好きなのだとか。

祖父、十二代目・市川團十郎さんも星や月を観察することが好きだと伝わっています。

宇宙が大好きだった祖父と同じものが好きということから、将来の姿は豪快な歌舞伎役者になりそうな気配を感じちゃいます。

おばあちゃん繁盛記

今は幼稚園のお弁当を作ったり、お迎えに行ったりしています。

麻央さんが亡くなって、自分は元気でいるところを見せることで、心配かけないようにしているそうです。

麻央さんは生前、ブログに自身の闘病生活を掲載していました。

ブログは同じ病気を持つ女性たちの希望となって人気と注目となっていたことから亡くなってから、家族みんなで麻央さんの思いのバトンと受け継いでいます。

季実子さんもブログに自身のことを掲載して、元気な姿をファンの人々に届けています。

元気の源はサザンオールスターズの楽曲を聞くことと言います。

プロフィール

名前 堀越 季実子(ほりこし きみこ)

出身地 東京都

職業 着物デザイナー

 

家族のプロフィール

夫 市川 團十郎(いちかわ だんじゅうろう)

本名 堀越 夏雄(ほりこし なつお)

職業は歌舞伎役者

屋号「成田屋」十二代目・市川 團十郎(いちかわ だんじゅうろう)襲名

ちなみに、十代目・市川 海老蔵(いちかわ 海老蔵)襲名

妻 季実子(きみこ)

子 堀越 智英子(ほりこし ちえこ) 三代目、市川ぼたん

子 堀越 竇世(ほりこし たかとし) 十一代目・市川海老蔵襲名

妻は、麻央(旧姓 小林)さんは2017年に病死

孫 市川 麗禾(いちかわ れいか)女児

孫 市川 勸玄(いちかわ かんげん)男児

最後まで読んで下さってありがとうございました。

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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