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香川照之が父・市川猿之助と和解して歌舞伎役者を継ぐ壮絶人生

投稿日:2018-05-26 更新日:

香川照之さんは歌舞伎役者の血を受け継ぐことを希望に持ち、

ひたむきに頑張ってきた姿が広く知られていましたが

父と子が離れ離れになり、

父の職業を継ぐことがなかなか許されませんでした

六代続く歌舞伎役者の家に生まれ、本来ならば家業を受け継ぐはずの人生は

様々な事情によって離れることになってしまいました

その後、父との関係が修復され、会見が行われたことを覚えています。

和解のきっかけを作ったできごとは、孫・政明君の誕生でしたが

間を取り持ったのは、藤間 紫(ふじま むらさき)さんで猿之助さんの2度目の妻でした

不仲だった父と子の和解の記者会見とは?

20011年年9月27日、香川照之さんは、子・政明君と共に

歌舞伎の後を継ぐという会見を開きました

この時に、父・三代目猿之助さんが同席し

不仲であった父と子の修復が行われたこともあきらかにされました

父・三代目猿之助さんとと一緒に暮らしていることや

父と子の関係が修復されて、歌舞伎役者の血を受け継ぐものとして

義務を背負わなくてはいけないと思った心中を語っていました

これまで香川照之さん(当時25歳)と

父・猿之助さんへ父と子の関係を修復する機会があったようですが

その気持ちを踏みにじられるような態度をとられきたようです

そういったことがあっても、父・猿之助さんの舞台を何度も観に行っているようです

これは、香川照之さんが悪いのではなく

猿之助さんが自らの意思で縁を切ったことにあります

自分の息子ではないと言い、再会を拒んだことが報道されていました

母・浜木綿子(はま ゆうこ)さんは

傷ついた息子のことを、いつでも深い愛情で息子を見守っていたそうです

浜木綿子さんは、子供の話しを周囲にすると、必ず「甘い」と言われていましたね

香川照之と父親との関係は?

私の個人的な印象は香川照之さんは「血筋」にこだわる人物

市川猿之助さんと浜木綿子さんの離婚について

両親は香川照之さんが生まれると、すぐに別居を始めました

1968年香川さんが(3歳)の頃に離婚

母に引き取られ育てれました

香川という姓について

浜木綿子さんの本名が香川の姓です

仕事に忙しい母に変わって、祖母の手によって育てられました

父・市川猿之助さんへの思い

母が仕事に励む姿を見て、父・市川猿之助さんは何もしてくれない薄情な人物として見ていたようです

離婚してから、父との縁は断ち切られたものとなり

面会することも許されなかったようです

父親の存在が身近にありながら、一番遠くの他人を見るような

父親を知らない子供に育ったことを語っていました

物心ついた時には、父親の存在がなかったので

不思議と喪失感はなかったと語られています

香川照之さんは、悩みがあっても時間がゆるゆると解決してくれると述べ

息子と名乗ることを許されないことに深く傷ついたことが

エッセイなどから読み解くことができるような気がしました

同じくらいの年齢の歌舞伎役者の子供たちが

テレビで父と子の風景を取り上げられる番組を見て

私だったら穏やかな気持ちではいられないと思います

どんなに悔しかったであろうということが察しられました

父・猿之助さんのことを、父親であっても父親ではない

猿之助さんの職業を継げないことの悔しさが感じ取れます

後に、父と子の関係が修復されると

香川照之さんの俳優の演技は、それまで人の目を惹きつけるような

独特の演技が特徴だったことに対して

周囲の俳優に溶け込むような柔らかみが

出てくるようになったように感じました

自分の子供へ見せる父親の姿とは?

現代の家庭環境は共稼ぎ夫婦が多くなったことから

父親の威厳のある風景が少なくなったと言われています

それでも日常の中には、父親を敬う場面は要所に出ると思います

香川照之さんは家庭における、男性的リーダーシップというものがわからないので

子育ては自分の背中を見せて、男の生きざまを見せたいと述べていたようです

自分の子供を授かった時

一般人の知子さんと結婚したのは1995年12月

約10年後、待望の子供(男児)を授かりました

その後、2016年12月14日、21年連れ添った妻・知子さんと離婚

生誕直後には「普通であることの偉大さを知る普通の子供であってほしい」と述べています

しかし、カンヌ映画祭に招待され、グランプリを獲得すると息子を抱き上げて

「息子の将来は俳優になることが最低条件と考えています」と宣言しています

この時の作品は中国映画「鬼が来た!」です

香川照之さんは、日本の兵隊の役柄が評価され

演技派俳優として認知されるようになっていきました

その後、「息子を歌舞伎役者にしたい」と将来へのステージがあがっていくことに

世の中の女性達は息子への愛情が歪んでいるような不安感を覚えたことを記憶しています

エリートコースに反発して俳優へ?

初等部から暁星学園(ぎょうせいがくえん)に通い

大学進学は東大に合格!

暁星学園は、歌舞伎役者の子供が多く通っている名門学校で知られています

勉強の成績が良いと大好きな母の機嫌が良いことから、勉強を頑張ったそうです

その一方で友人の影響でボクシングが好きになっていきます

ちなみにボクシングが好きな友人もエリートですが

現在はアメリカへ渡ってボクシングを専門にしたプロカメラマンとなり

いくつもの賞を獲得して活躍の場を広げています

香川照之さんは学生時代、映画や芝居には興味がなかったそうです

しかし、大学3年生の終わり頃、役者になりたいと突然言い始め、母を困られたそうです

石井ふく子プロデューサーとの出会い

大学4年生の時に、脚本家の宮川一郎先生の紹介で

石井ふく子プロデューサーの元を訪れました

熱意を話してドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に

主演させてもらえるようになりました

石井ふく子さんは香川照之さんとは初対面でしたが

「浜木綿子さん(母)とは、一緒に仕事をしたことがあり尊敬する女優さんのひとりです」

と、石田ふく子さんは、香川照之さんを起用したそうです

最初はADに起用して現場の大変さを知ってもらうことから経験を積ませたかったのだとか

2ヶ月経った頃、石田ふく子さんは、ADの仕事を務めた香川照之さんに

「俳優の道へ進むかどうする?」と尋ねると

「俳優になりたい」と意思表明がありました。

石井ふく子さんは「あなたは顔で売る役者じゃない」

「よほど演技力を磨いていかないと続かない」とも言ったそうです

決意が固かったことからドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の出演を振り当てました

デビューした時は

アイドルのようにスタイルをした香川照之さんだったことを覚えています

キャッチフレーズが二世タレントや父と母の名前や

東大卒業という言葉で人々に注目された裏では

石井ふく子さんの厳しくも温かい言葉をかみしめて、芸能界へ一歩踏み出していました

香川照之さんは、後に俳優になろうと思った理由をあかしています

それは、「親のコネを利用しない手はないという甘い考えだった」とあかしています

石井ふく子さんは、そんな香川照之さんを見抜いていたことや

母として頑張っていた浜木綿子さんの思いを知って

ADの経験を積ませたり厳しい言葉を投げかけたのかも知れません

血脈を意識しているエピソード

後に、1989年(平成元年)の

NHK大河ドラマ「春日局」(かすがのつぼね)

(原作・橋田壽賀子さん)に起用した

当時のチーフプロデューサーは

香川照之さんと初めて会った時に

どうして俳優を目指したのか聞くと

「うちの家業は役者です」と答えたそうです

春日局では小早川秀秋を演じています

たとえば家が八百屋だったら

息子が八百屋をやることは

当然なのだと言いたかったようです

父・猿之助さんを意識していることが関係者に伝わって

修復できずに時が流れていく

もどかしさが伝わってくるようなエピソードとなっています

プロフィール

名前 香川 照之(かがわ てるゆき)

2011年9月27日(平成23)九代目・市川 中車(いちかわ ちゅうしゃ)を襲名

生年月日 1965年12月7日

年齢:53歳

出身地 東京都

身長 171㎝

職業 俳優で歌舞伎役者

屋号 澤瀉屋(おもだかや)

澤瀉(おもだか)とは、薬草のことです。

初代・市川猿之助と二代目・市川段四郎の生家が副業として薬草の澤瀉(おもだか)を扱う薬屋を商っていたことが由来となりました。

香川という苗字について

母の本名である香川の姓を受け継ぎました。

学歴 東京大学文学部社会心理学科卒業

父 三代目猿之助

母 浜 木綿子(はま ゆうこ)

本名(香川)

子 香川 照之(一人息子)

妻 一般人で知子さん(元日本航空国際線のCA)

2016年、離婚。

子 政明が五代目・市川團子(いちかわ だんご)を襲名

平成16年1月生まれ

平成23年9月、五代目・市川団子を襲名

最後まで読んで下さってありがとうございました

りおさ

 

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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