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小林麻央の1周忌に向けて義母に託した手紙が表面化してくるのか

投稿日:2018-05-27 更新日:

小林麻央さんの葬儀が、2017年6月26日に海老蔵さんの実家で、家族や親族で行われました。

ちょうど一年前のこと、葬儀では遺骨を抱いた長女の麗禾ちゃん(5歳)の姿が報じられました。

「ママ、おうちに帰ろう」と骨壺をそっとなでる優しい女の子の姿を思い出します。

麻央さんは自分の病の重さに備えて、いくつかの手紙をしたためていました。

 

その手紙は義理のお母さんへ託されています。

最近、堀越季実子さん(義母)のテレビ出演や、書籍の出版などでメディアへ現れることが増えてきました。

それらを見ていると、一年前に亡くなった嫁・麻央さんが義母・堀越季実子さんへ託した手紙が何らかの形であらわれてくるのではないかと思って見てしまいます。

義母へ託した手紙とは?

小林麻央さんがしたためた手紙の内容はあきらかにしませんでした。

きっと、これからもしないのかも知れません。

しかし、何らかのできごとがあるたびに、言葉にしなくても行動にあらわれてくるのではないかと思いました。

麻央さんの手紙の存在はいつわかったの?

麻央さん自身は万が一の時のために、したためた手紙は亡くなる少し前に、人知れず渡っていたそうです。

葬儀から1週間ほどたってから、義母・堀越季実子さんから手紙の存在をあかされました。

その手紙は誰に宛てられたもの?

夫・海老蔵さんがかつて指導を受けた中村吉右衛門さんや、歌舞伎界の重鎮の方々にあてたものと報道されました。

手紙の内容は?

すべてはあきらかにされていません。

しかし、私の亡き後も、夫・海老蔵と息子・勸玄をよろしく頼みます。という内容が書かれているそうです。

いつ渡されるの?

しかるべきタイミングなんだそうです。

私だったら公言しないかなって思います。

堀越季実子さんから、直接その方へ手渡されるそうです。

きっと勸玄君のお披露目の時や、名前を襲名する時など、何かの事態の時に渡っていくのでしょうね。

麻央さんはどうして手紙を書いたのかな?

いろいろな事情があるようですが、大まかに3つ

1.夫・海老蔵さんと、勸玄君が歌舞伎界で活躍するためには歌舞伎界の重鎮の後ろ盾が必要だから。

一般的には父親が後ろ盾となるようです。

他の家との(同業者)など、お付き合いは妻の役目のようです。

 

まるで江戸時代の武家の妻のようですね。

今も、商家や古いしきたりの家に嫁いだ友人などは、そのやり方を守っていることから大変さを想像してしまいます。

麻央さんは、妻として自分がいなくなってからも変わらぬお付き合いをしてほしいという願いを込めた手紙をしたためているようです。

その思いを、義母・堀越季実子がすべて引き受けていることから、メディアに出演するときには良い意味で、何か意図があるのでは?と期待してしまいます。

2.麻央さんの心の痛み

麻央さんは病気が発覚してから早期の治療が遅れたために、症状が重くなってしまったことを後悔していました。

病気を極秘にしていました。

ちょうどその頃、夫・海老蔵さんは歌舞伎の演技がうまう演じられないことがあり、このことを麻央さんは自分の病気のせいだと心を痛めていたようです。

ある舞台の初日、海老蔵さんが歌舞伎界の重鎮のひとりに舞台裏で厳しいお叱りと指導を受けたそうです。

海老蔵さんは、その方の指導を受け止めて舞台に立ちました。

しかしその日は言われた通りのことができなかったそうです。

周囲の人々は、海老蔵さんがうまく演技ができないのは、怠慢だからだと思い印象を悪くしていました。

梨園の妻の役目は夫の芸を助けることなので、麻央さんは自分の病気が夫・海老蔵さんの芸に影響していることに大きなショックを受けたそうです。

海老蔵さんは麻央さんの病のことも、子供達のことも、歌舞伎のことも、自分のこれからのことも不安をすべて自分の胸におさめて出すことがありませんでした。

私は一般の家庭の妻も、梨園の妻であっても、アスリートの妻であっても、夫を支えることはごく自然なことだと思います。

ただ、歌舞伎の世界は一般の家庭にはわからないことが多くあることが伝わっているために、梨園の妻は大変という印象が強くあるので、妻の役割の比重は大きいように感じるところです。

3.子供達の将来

勸玄君は男児なので成田屋を継ぎ、海老蔵さんとともに歌舞伎界で活躍していくように思います。

父親の愛情を一心に受けると感じる機会は、稽古をする時間の多さから感じると思います。

その反面、麗禾ちゃんは女児なので嫁ぐ側になることから、父親との時間に制限がかかりそうです。

 

平等に愛情を注ぐバランスを心配しているようでした。

麻央さんのおかみさん修行

義母・堀越季実子さんはテレビを見ていた時に、小林麻央さんを見てこんな人がお嫁さんに来てくれたらいいなと思っていたそうです。

海老蔵さんが家に連れてきた女性は、理想のお嫁さんとして夢に見ていた麻央さんでした。

海老蔵さんは始めから結婚を意識していたので、家族に紹介した時には結婚前提の交際宣言をして喜ばせたそうです。

結婚後は、義母・堀越季実子さんの側で歌舞伎界のしきたりや教えを学ぶ麻央さんの姿が報道されていきました。

堀越季実子さんが梨園の妻になった時には、お母さんは亡くなっていたので、歌舞伎界のしきたりや教えを、古くから仕えている番頭さんのような方々に習ったそうです。

最初は慣れないことばかり、知らないことばかりで、言われた通りにできなったそうです。

何度も番頭さんに叱られたり、数々の失敗や経験を積みながら夫や子供達を大きくしてきました。

悔しくて涙をこぼすことはあっても、家庭のことを実家や友人に話すことはいけないことだと思って、胸にそっとしまい込んだそうです。

そういったことから、お嫁さんが来た時の期待は大きかったと思います。

妻の役目のひとつには、麻央さんは義母の側で、ひいき筋のお出迎えと、お見送りがあります。

2016年1月、海老蔵さんが座頭を務めた新春花形歌舞伎に、麻央さんの姿がなかったことを、関係者は不思議に思ったそうです。

実は、この時の麻央さんは立ち上げることも歩くこともできない状態だったとか。

そのような状態が続いたために、隠し切れなくなったようです。

このできごとから5か月後、6月9日、海老蔵さんから真央さんの病気と症状をあきらかにしたと伝わっています。

麻央さんは元気になることを信じて闘病生活を送っていることを自身のブログに掲載していきました。

最後に

麻央さんの手紙には、きちんと封がしてあるので他の人が読むことができないそうです。

海老蔵さんが読む機会があったら、麻央さんの深い愛情に涙が止まらないと伝わっています。

堀越季実子さんは、夫・市川團十郎さんを2014年10月(享年66歳)をがんで亡くしました。

その後、嫁の小林麻央さん2017年6月22日(享年34)乳がんを患って没。

妻の役目を終え、母として、祖母として、一人の女性として、着物デザイナーという職業人として、これからの成田屋を見守る大きな存在です。

家族のそれぞれの立場や思いを胸に秘めた、強く優しい女性の凛とした姿に共感を持つ女性として、これからファンが増えそうな気配を感じます。

ますます注目されることでしょう。

最後まで読んで下さいましたありがとうございました。

りおさ

 

 

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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