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宇多田ヒカルと母・藤圭子との約束と復帰後に出した追悼曲・夕凪

投稿日:2018-07-17 更新日:

宇多田ヒカルさん(35歳)が情熱大陸に出演しました。

(2018年7月16日・月曜日)

宇多田ヒカルさんは2世ミュージシャンで

お母さんは歌手の母・藤圭子さん(故)です。

2世ミュージシャンとして生きてきた宇多田ヒカルさんは

復帰後に発売した楽曲・夕凪に込めた母への想いをあかしました。

子供の頃の思い出や曲作りに母と交わした約束など

音楽の道に進むまでの葛藤や両親の影響を書いていきます。

宇多田ヒカルの母への追悼楽曲「夕凪」

ヒカルさんは3年前から未完成の楽曲がありました。

その楽曲には「GHOST」(ゴースト)後の「夕凪」と名付けていました。

亡き母・藤圭子さんへの想いをストレートに歌ったそうです。

母への想いは楽曲「GHOST」におさまりきれずに

長い間持ち越されてきました。

この楽曲を完成するまで悩んだようです。

でも自分を一歩前に進ませてくれるはず

作詞作曲に納得がいかずにいました。

ロシアのナボコフ・著「青い炎」の詩に答えを求めたりされたようです。

楽曲に詩の朗読を入れようとも考えていました。

イギリスのレコーディングスタジオで収録された楽曲「GHOST」は

宇多田ヒカルさんが日本に帰国してから

「夕凪」(ゆうなぎ)にタイトルが変更されていました。

宇多田ヒカルさんが復帰したきっかけ

ヒカルさんが音楽活動を休止したのは27歳の時です。

このままだと自身がもたないと思ったそうです。

当時の休業会見でもそのようにお話しされていました。

誰も自分のことを知らないイギリスで新生活を始めています。

ヒカルさんは音楽から離れた初めての経験だったそうです。

2013年8月22日、母・藤圭子さんが逝去されてから

ヒカルさんは何も手につかなくなったそうです。

喪失感のまま1年が過ぎた頃に子供を宿しました。

自分が母になった時

亡き母を想った楽曲にしたいと思ったそうです。

ヒカルさんは母に何かを探し求め、

その喪失感は自分の中にあり

自分にしか埋められないと悟ったようです。

自分の中の真実とは何か?

自分の中にある真実を歌いたいと思いました。

(安息や救済とは自分の中にしかない)

だから自分の中に生み出すしかないと思うようです。

その表現方法とされたものが楽曲でした。

出来上がった楽曲を聞いてもらうしかないとお話しされていました。

ヒカルさんは曲作りのために

レコーディングスタジオに入ると

何とも言えない気持ちになったそうです。

自分にとって特別な場所に思えたと話されています。

神聖な場所だと思ったそうです。

ヒカルさんは音楽の道に戻ることを決心しました。

宇多田ヒカルさんの母との思い出

宇多田ヒカルさんの家族構成は

お父さん・宇多田照實(てるざね)さん

お母さん・圭子さん(故)

ヒカルさんは一人っ子なので3人家族です。

家族は音楽が中心にまわっていたので

スタジオでごはんを食べて寝るという子供時代を過ごされたそうです。

家族でニューヨークと日本を行き来するので

突然の引っ越しもたびたびあったとか

ヒカルさんは子供ながらに我慢を強いられていたようです。

9歳になると不満や怒りが自身から完全になくなったと話されていました。

ある時、母・藤圭子さんはレコーディングスタジオで

レコーディング中に幼いヒカルさんに「ここ歌って!」と言うと

ヒカルさんは「恥ずかしいから嫌だ」と断りました。

お母さん・藤圭子さんは「そんなに嫌なら自分で作った曲なら歌う?」と聞いてきたので

ヒカルさんは「歌ってもいいよ」と答えたそうです。

それからヒカルさんは楽曲を作り始めました。

自分の気持ちを曲に入れると気分が楽になったし

お母さんが喜んでくれることが嬉しかったので

いつも曲作りをしていたそうです。

母・藤圭子さんの影響から作り始めた音楽は

発売した曲はすべて100万枚を突破する人気です。

母・藤圭子が宇多田ヒカルとした約束とは

藤圭子さんが生前、娘・ヒカルさんに

曲作りについての約束があることを筆者は思い出しました

それは悲しい曲を悲しいまま終わらせないこと。

言葉には言霊(ことだま)があり

言葉にしたことはその通りになりやすいから

悲しい曲には一筋の光を入れて曲を作り上げること。

自分の想いをつめこんで曲を作り上げる娘・ヒカルさんの様子をみて

約束・必ず守る掟(おきて)を残していました。

藤圭子さんは楽曲「夢は夜開く」が大ヒットした歌手です。

若い頃、貧しくて苦労された経験がありました。

「夢は夜開く」の歌詞は”暗い”

藤圭子さんは娘・ヒカルさんが楽曲作りに夢中になる姿を見て

嬉しくもあり、不安だったようです。

楽曲が売れたら嬉しいし経済的にも豊かになります。

でも悲しい曲を作ったとおりの人生をもしも娘・ヒカルさんが歩んでしまったら?

言葉には言霊(魂)が宿っていることを藤圭子さんは知っているからでした。

そういう歌手を何人も見てきたのかも知れません。

ヒカルさんの曲には憂いがあり一筋の光がわかりにくいのですが

母・藤圭子さんが娘の幸せを願って約束した曲作りに復帰されてよかったですね。

筆者がこの話を聞いたのは

3枚目のシングル曲「Farst Love」が発売された頃だったと思います。

宇多田ヒカルさんのプロフィール

名前:宇多田ヒカル

本名:宇多田光(うただ ひかる)

生年月日:1983年1月19日

年齢:35歳

出身地:アメリカ合衆国生まれの日本育ち

最終学歴:コロンビア大学中退

結婚歴:2回

2003年:紀里谷和明と結婚

2007年:離婚

子供:なし

2014年:イタリア人の男性と再婚

2018年:離婚していたことを発表しました

子供:第一子(男児)2015年に出産

デビュー年:1998年

2010年:活動休止

2016年:活動開始

職業:ミュージシャン

所属:U3MUSIC

宇多田ヒカルさんの家族構成

父:宇多田照實

母:藤圭子(享年62歳)

死因:2013年8月22日

自らマンションから転落して命を絶っています

宇多田ヒカルさんは一人っ子

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

りおさより

 

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りおさ

りおさーチ

こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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