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矢部太郎の漫画・大家さんと僕がほっこりと話題に!父の子育て論は?

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矢部太郎さん(41歳)の名前を聞いたとき連想するのは人それぞれ

お笑い芸人「カラテカ矢部」を思い浮かぶ人

バラエティー番組「進ぬ!電波少年」の企画「〇〇人を笑わしに行こう」に11ヶ月もの間、出演していた人。

漫画家の矢部太郎さんが好きな人もいると思います。

筆者が思い浮かべるのはお笑いの矢部さんでしたが、友人の病気見舞いに週刊誌を購入したことがきっかけで漫画家の矢部太郎さんを知りました。

生まれて初めて週刊新潮を購入した理由は友人が好きそうな週刊誌を選んだ時に矢部太郎さんが描いた漫画「大家さんと僕」がほのぼのして面白かったから。

その大家さんは今年の夏に逝去されていたことも知りました。

矢部太郎さんを調べるとお父さんが絵本作家でした。

漫画「大家さんと僕」と描くきっかけになったことと合わせて書いていこうと思います

漫画「大家さんと僕」について

矢部太郎さんが8年前に引っ越した先の大家さんとの実話を描いた漫画がほっこり、のんびり、ほのぼのと静かな人気を集めました。

週刊新潮で連載され、第22回手塚治虫文化賞短編賞で受賞しました。

授賞式で手塚治虫さんの長女・るみ子さんと対談した際の質問に漫画家としてこれからも描いてみたいですか?と問われると「大家さんのことをもっと知りたいです」と答えていました。

この授賞式にはご両親を招待されて行っそうです。

24時間テレビで大家さんへの思いを問われた際にも同じ言葉を残しています

大家さんについて

出身地:東京生まれの東京育ち

生まれ年:1928年(昭和3年)

肩書:矢部太郎さんの大家さん

挨拶:ごきげんよう

性格

  • 世話好きで独特の世界観をもった大家さんです
  • とても上品な物腰

大家さんは、矢部太郎さんとのせ2人の生活が楽しくて寿命がのびたとか

好きなもの

  • 伊勢丹百貨店
  • NHK
  • 羽生結弦さん

大家さんは2018年8月23日逝去されました。

矢部太郎さんと大家さん

漫画を描き始めたのは芸人としてはあまり売れていなくて、仕事を選べなかったことがはじまりです。

  • 深夜番組のロケでポケバイに乗った現役レーサーが矢部太郎さんの部屋を走り回る
  • 急によくわからない霊媒師が来てお札を部屋に貼りまくられる

その番組をたまたまマンションの大家さんが見ていて次の更新がないと宣告されたことから引越しを余儀なくされました。

次の引っ越し先は新宿のはずれにある木造二階建ての一軒家でした

これが漫画「大家さんと僕」の大家さんとの出会いです。

もともと二世帯住宅だった物件ですが、玄関とお風呂やトイレは別でしたが大家さんの世話好きで上品な人柄が矢部さんの人生を変えていきました。

漫画「大家さんと僕」は8年前からの交流を綴った物語です

調べてみると2016年から連載されていて2017年単行本としても出版して人気と話題になっていました。

2018年の24時間テレビを見ていると矢部太郎さんの人生を変えた人は「大家さん」と紹介されています

大家さんの親切は

洗濯ものを干している時に雨が降ってくると電話で知らせてくれる

家に帰ると洗濯ものがたたまれたいる。

部屋に帰ると電話で「おかえりなさい」といってくれる

矢部さんは少し面倒に思って電話に出ない時があったようです

そんな時、骨折して入院されていて矢部さんは自分を少し責めたりした胸の内を漫画の中であかしています

大家さんは矢部太郎さんに「自由に描いていいですよ」と言ってくれたそうです

矢部太郎さんはその言葉に従って大家さんの初恋のことや自身の弱さも描いています

もしかしたら描いて欲しくないこともあったかも知れないけれど矢部さんが来てくれてから大家さんは楽しくて寿命が延びたと喜んでくれました。

矢部さんに対して「若いっていいわね」「若いから何でもできるわよ」と言われているうちに40歳になった矢部太郎さんは本当に自分は若くて何でもできると思うようになったそうです。

矢部太郎さんが漫画を描くことに抵抗がなかったのはお父さんの影響でした

お父さんの職業が絵本作家で子供の頃から絵を描いたり工作をしたり紙芝居を作っていたことが矢部太郎さんの作品には大きく影響しているようです

お話しも身近なことを題材にしているところもお父さん譲りでした。

大家さんは2018年の夏に逝去されました

これから矢部太郎さんの新しい作品も読みたいと思います。

矢部太郎さんとお父さんについて

矢部太郎さんのお父さんの名前は「やべ みつのり」さんです。

出身は岡山県倉敷市の小さなお寺で育ちました。

6人兄弟で育ったそうです

妹が一人いて女の子だから大切に接したといいます

太郎さんの名前の由来

やべみつのりさんは長女(第一子)が生まれた時に仕事そっちのけで育児にかかわったそうです

次に長男(第二子)の太郎さんが生まれた時に、どんな名前をつけてもいつかは気に入らなくなるだろうと思って取りあえず「太郎」と名付けたことが由来となりました。

東村山市役所に出生届を出しにいったら見本に「東村山太郎」とされていたので担当の人に「本当にいいのですか?」と問われたそうです

気が変わったら「太郎の前に何か一文字漢字を足して名前を変えよう」と思ったて名付けたそうです

お父さんの職歴

就職は広島県の自動車会社の宣伝部で新聞広告やポスターなどの印刷原稿を作っていたそうです。

東京に誘ってくれた詩人で友人のすすめで退職

23歳の時に上京

27歳の時の同郷の妻と結婚されました。

お父さんはフリーターとしてなんとか食べていた時に長女が生まれたそうです

長女の成長日記をもとにした絵本作品「かばさん」(こぐま社)から出版され人気があったようです

東村山市に引っ越した年に矢部太郎さんが生まれました。

職業は絵本作家と紙芝居作家としてご活躍されています

お父さんのアトリエ

お父さんのアトリエは東京都東村山市にあります

そのアトリエでは矢部太郎さんが子供の頃に描いた絵などが飾られているそうです

矢部太郎さんはお父さんのアトリエがとても身近だったそうです。

当時のアトリエは庭にプレハブを建てたような簡素なものだったとか

お父さんの子育て

一般的な子育ては何もしていないと述べています。

上京してから行き詰ってとても生きにくかった

そういう時に子供が生まれて救われたような感じがしたそうです

子供を眺めながらもう一回自分を生き直したいと思ったと語っています

矢部太郎さんの性格が大人しくて自信がなかったり、一般の人から見ると少しズレていると思うのは、お父さんは家で絵を描いていてお母さんは外に働きにでていたことがあるかもしれないと思うそうです。

家でごはんを食べる時にお父さんがスケッチを終えないと家族みんなが食べられなかったので「おかずはだんだん冷めていきます」と太郎さんは思っていたとか

太郎さんは「テレビゲームが欲しい」と言われた時は、お父さんは紙芝居風に段ボールで手作りしていたのでお父さん自身も時代にズレていたかもと語っています。

お父さんは遊ぶと言うよりも遊ばされていることが嫌いで得意な工作などで太郎さんと関わったようです

矢部太郎さんのプロフィール

名前:矢部太郎(やべ たろう)

愛称:タロウちゃん

または「カラテカ矢部」

生年月日:1977年6月30日

年齢:41歳

出身地:東京都東村山市

血液型:AB型

身長:158㎝

最終学歴:東京学芸大学国際教育学部欧米研究専攻卒業

結婚歴:なし

趣味

  • 歯ブラシ収集
  • 漢字の勉強

資格:気象予報士(2007年取得)

職業

  • お笑いタレント
  • 漫画家

コンビ名:カラテカ

担当:ボケ

相方:入江慎也(ツッコミ担当)

高校の同級生とコンビを組んでいます。

デビュー:1997年

受賞歴

2018年:第22回手塚治虫文化賞短編賞

作品「大家さんと僕」

所属:吉本興業

父:やべ みつのり(絵本作家)

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

りおさより

 

 

 

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りおさーチ

こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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