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輪島大士(相撲)の引退後はプロレスラー!経歴と貴乃花との関係

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輪島大士さん(わじま ひろし)さん(70歳)は元花籠部屋の力士です

大相撲を引退した後はプロレスラーに転向しました

輪島大士さんを知っている若い人はあまりいないようです

一方では

輪島大士さんと(大相撲時代)に二子山部屋の女将さん・藤田紀子(憲子)さんの間に生まれたのが元貴乃花親方(花田光司)さんではないかとして知られています

藤田紀子さんについて書いた記事はこちら

貴乃花親方について書いた記事はこちら

ミステリアスな輪島大士さんは2018年10月9日に逝去されました

どんな人物なのかを調べました

輪島大士さんのプロフィール

しこ名:輪島大士(わじま ひろし)

本名:輪島 博(わじま ひろし)

愛称:蔵前の星

引退後の愛称:ワジー

生年月日:1948年1月11日

没年月日:2018年10月9日

享年:70歳

出身地:石川県七尾市

身長:185㎝

体重:132kg(大相撲現役時代)

血液型:A型

出身校

  • 金沢高等学校
  • 日本大学

大相撲時代の得意技

  • 左四つ
  • 寄り
  • 下手投げ

大相撲(初土俵):1970年1月

大相撲(入幕):1970年1月場所

大相撲(引退):1981年3月場所

大相撲(部屋):花籠部屋

還暦土俵入り(2008年)は行われませんでした

2009年:NHK大相撲中継にデーモン小暮閣下と出演して解説をつとめました

2013年(秋):喉頭がんが判明

手術でがんの切除をした際、成功したものの声を失ってしまいました

職業

  • 第54代横綱
  • 全日本プロレス所属(元プロレスラー)
  • 元タレント
  • 元アメフト・Xリーグのクラブチーム総監督
  • キューバの相撲ナショナルチーム監督
  • 能登観光協会大使
  • 石川県観光親善大使

(地元の鮮魚販売の企業「スギヨ」のCMに出演して「スギヨふるさとの味大使」を務めていました

輪島大士さんのプロレス時代

リングネーム:輪島大士(わじま ひろし)

ニックネーム:黄金の左

プロレス時代の身長:185㎝

プロレス時代の体重:125kg

トレーナー

  • ジャイアント馬場
  • パット・オコーナー
  • ネルソン・ロイヤル

得意技

  • バックドロップ
  • ゴールデン・アームボンバー

デビュ―:1986年8月7日

引退:1988年12月

1981年:輪島大士さんは大相撲を引退しました

1986年に全日本プロレスに入門

輪島大士さんのプロレスラーの特徴

身体能力が高く評価されましたが相撲のクセが抜けませんでした

相撲時代は横綱力士として多くの見せ場を作ってきましたが、プロレスでは見せ場を作る技術は経験が少なかったようです

相撲のクセが欠点に?

「倒した相手を寝技に持ち込まず、待ってしまう」

待ってしまう理由は

相撲では足より上が土俵に付くと負けになってしまうから背中をマットに付けることに抵抗があったそうです

プロレスと相撲協会の関係

輪島さんが全日本に入門したことで

日本相撲協会は全日本に対して

1986年11月-2004年まで(18年間)

両国国技館の使用禁止を通告

これによって使うことができなくなりました

ちなみに

馳浩さんは2006年に

両国国技館で引退試合を行いました

馳浩さんの経歴を書いた記事はこちら

馳浩さんの妻を書いた記事はこちら

輪島大士さんの特別待遇とは?

その①

一般のプロレスラーは移動の際にバスを利用します

輪島大士さんは新幹線を利用していたので特別待遇でプロレスに入門していました

輪島大士さんは他のプロレスラーに気を遣って食事を奢ったり、年下の選手に礼儀正しかったそうです

練習にも真面目に出ていました

さらに

ジャパンプロレスの長であった長州力さんは

「輪島さんは一生懸命やっているからな」

などと全日本とジャパンプロレスで門が違っていても姿勢を認められていました

その②

試合「マッチメイクの面」で優遇されたようです

理由の一つには

輪島大士さんが初登場した全日本プロレスのテレビ中継では20パーセントを超える視聴率となっていたからです

チケットの売り上げにも大きく影響しました

プロレス引退

大相撲時代から仲が良かったプロレスラー・石川孝志さんが退団するのと同時に1988年12月に引退しました

輪島大士さんと石川孝志さんはリングでタックを組むことが多かったようです

相撲時代は同じ花籠部屋に所属した兄弟弟子という関係にありました

プロレス引退後

輪島大士さんはタレント活動に転向

日本テレビ「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」に出演

番組の企画で「輪島お見合い企画」を開催して現在の夫人と再婚しました

ちなみに石川孝志さんは

1988年に全日本プロレスを引退しますが

1990年:SWS旗揚げに際し復帰

1994年:「東京プロレス」を立ち上げました

石川孝志さんのプロフィール

本名:石川孝志(いしかわ たかし)

リングネーム

  • 石川敬士(いしかわ たかし)
  • 石川隆士(いしかわ たかし)
  • ケンドー・イシカワ

生年月日:1953年2月5日

年齢:65歳(2018年現在)

出身地:山形県鶴岡市

身長:180㎝

職歴

  • 元大相撲力士(花籠部屋所属)
  • 元プロレスラー(全日本所属)

輪島大士さんの大相撲時代

1970年

  • 日本大学卒業前に花籠部屋からスカウトされて入門
  • 師匠は花籠部屋の大ノ海(元幕内)親方
  • 大相撲(初土俵):1970年1月場所

幕下付出(60枚目格)で初土俵を踏みました

輪島大士さんは相撲時代も特別待遇だったようです

ちゃんこ番や雑務を免除されていました

当時は日本大学の学生だったので大学の宿舎に宿泊が許されています

異例中の異例と言えそうですよね

輪島大士さんは幕下を2場所連続で全優勝した実力派の力士です

当時、最短で記録を更新して十両入りし

十両は4場所で突破!

初土俵から約1年で入幕を果たしました

  • 大相撲(入幕):1970年1月場所

1972年9月場所:大関昇進

しこ名「輪島博」→「輪島大士」に改名

1973年5月場所:全勝

場所後:横綱に昇進

輪島大士さんは初土俵からわずか3年半のスピード出世を果たしました

史上初:本名の横綱「輪島大士」となりました

  • 大相撲(引退):1981年3月場所

定年退職間近の師匠から花籠部屋を継承します

(現在の花籠部屋とは別)

年寄名も先代の名もそのまま継承して「花籠昶光」(はなかご ひさみつ)を名乗り、

後に「花籠大嗣」と改名

大相撲(部屋):花籠部屋

輪島大士さんの現在の結婚について

最初の結婚は?

花籠部屋の大ノ海の長女「五月」(さつき)さんとご結婚されました

1986年5月23日

妻・五月さんは夕方に自ら命を落としました(逝去)

(輪島大士さんは1986年、全日本プロレスに入団)

現在の結婚相手は?

日本テレビの「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」に出演

番組の企画で「輪島お見合い企画」で現在の夫人と再婚しました

現在の夫人は一般人です

子供は?

再婚相手との間に1人の男児を授かりました

輪島大士さんが51歳の時、長男「大地」君を授かりました

中学まで東京の両親のもとで暮らしています

大地君は甲子園を目指すために親元を離れ奈良県へ進学

「天理高校野球部」に進学

身長:187㎝

体重:87kg

右投げの投打(ピッチャー)選手として活躍しました

大地さんからみた父・輪島大士さんとは

子供の頃は怖い存在だった

投げられたりしたそうです

51歳の時の子供なので大地君は本当に可愛かったことでしょう

厳しく育てるために、父親として体当たりで育児をしたのかもしれません

そんな大地君は

現役時代の動画サイトをみて尊敬するようになりました

大地君は高校時代、体重が増えて身体も調子が良いのに球速の調子が今一つ良くないと父・輪島大士さんに電話で弱音をはいたことがあるそうです

父・輪島大士さんは

「高校野球はしんどいもんやから

そういうときは誰にでもある」と

手紙を貰ったことがあるそうです

その次の春の県大会で初めてベンチ入りを果たしました

大地君が大人になってからも手紙が届くそうです

シンプルで心のこもった内容で支えになっているとか

2013年に輪島大士さんは喉頭がんで手術を受けました

成功したかわりに声を失います

父・輪島大士として息子への愛情を精一杯届けたかったのでしょう

手紙に託された言葉は大地君の人生を支えてくれると思います

輪島大士さんの不祥事

輪島大士さんの「八百長」と「多額の金銭問題」について

  • 内容は

現役を引退して花籠部屋を継いだ頃です

最初の結婚相手は師匠の大ノ海親方の長女でした

長女の名前は「五月」(さつき)さんといいます

輪島大士さんが「八百長に関わっている」と告発したのが

なんと、妻の「五月」(さつき)さんでした

  • さらに輪島大士さんは

妹と経営していた「ちゃんこ屋」を倒産

相撲時代に稼いだお金と

ちゃんこ屋の倒産の金額を合わせると

約6億円の借金を抱えてしまったようです

  • それから輪島大士さんは

この約6憶円の借金には年寄名跡「花籠」を担保にしていました

このことが原因で輪島大士さんは

相撲協会を引退となっているようです

  • 輪島大士さんは花街の女性との交際にも大きな金額を使って豪遊していたことがマスコミに報じられています

その後、妻は自ら命を落としてしまいました

  • そういった理由から輪島大士さんの

還暦土俵入り(2008年)は行われませんでした

  • 異例中の異例とは?

2009年:NHK大相撲中継にデーモン小暮閣下と出演して解説をつとめました

不祥事で引退した力士が相撲の解説をすることはこれまで前例がありませんでした

最後に

昔の相撲は賑わいがあって面白かったと多くの人々が懐かしみます

八百長があったとしても人々は力士の行方を温かく見守っていました

輪島大士さんは多くの女性と浮名を流し

貴乃花(花田光司)さんの実の父かもしれないとミステリアスなことを残して逝去されました

そしてプロレスと相撲を繋いだ一人でもあります

現在は相撲を引退した力士がプロレスに入団したり

馳浩さんのように教師からプロレスに入団して政界に進出する人もいます

プロレスを引退する時に両国国技館で行うなど民衆を楽しませてくれているのは輪島さんのような人物のおかげなんですよね

輪島大士さんは2013年に喉頭がんの手術を受けて声を失ってしまいました

息子さんへの愛情を手紙に託して多くの愛情を注ぎたかったのだと思います

輪島さんの相撲やプロレスは次世代の選手に受け継がれることでしょう

最後まで読んでいただきましてありがとうございました

りおさより

 

 

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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