Woman

松坂慶子の壮絶な両親の過去とぽっちゃり夫と娘の幸せな結婚

投稿日:2018-10-26 更新日:

松坂慶子さんは日本を代表する昭和時代の女優さんです

若い頃の松坂慶子さんはバニーガールの衣装で歌手活動もされていて世の中の男性の人気を集めていました

現在は愛情深い母親役の複雑な心境を、明るく喜怒哀楽をコミカルに演じる本格派のトップ女優の道を切り開き続けています

松坂慶子さんの可愛らしい表情が素敵すぎて、どんな人生を送ったのか調べてみようと思いました

すると壮絶な過去を過ごされていました

実生活は想像を絶する家族の生きざまがあったことでしょう

松坂慶子さんの両親は壮絶すぎる人生を歩み、一人娘・慶子さんは家族の全てを背負い込んで、そのことを見せずに必死に生きてきた女優さんです

結婚は猛反対されても自身の愛情を貫き、仲良く暮らしています

ここでは松坂慶子さんについて掲載しました

松坂慶子さんの両親

松坂慶子さんhttps://pbs.twimg.com/media/CHNB1ATVAAAxW88.jpg

松坂慶子さんは韓国人の父親と日本人の母親との間に生まれたハーフです

松坂慶子さんの母親の出生

母は幼少の頃に身売りされており、戸籍がありませんでした

日本人なのに韓国の国籍の理由

実在しない韓国人の戸籍を借りて「清水」という姓を名乗っています

韓国の国籍を取得した経緯

松坂慶子さんの母親は身寄りがなく、戸籍がありません

松坂慶子さんの父は仕事を求めて韓国から渡ってきたので2人は身寄りのない者同士、同棲を始めました

当時は兵庫県姫路市に住み、両親は仕事が縁で出会ったそうです

母親は日本なのに韓国の戸籍を持ち、韓国人を名乗っていました

戦後、神奈川県藤沢市に転居

その際、戸籍がなかったので「清水」という姓で戸籍をつくったそうです

これは実在しない韓国人の戸籍を借りたものなので、母は本当は日本人なのに韓国の国籍を取得していました

松坂慶子さんの父親は日本名を名乗っていましたが国籍は韓国のままになっていました

1964年:法務省との交渉により母親の日本戸籍が回復

松坂慶子さんは母親の非嫡子として母の戸籍に入ることによって、日本の国籍を持つことができたそうです

複雑な家庭事情の中で生まれ育ったのですね

身寄りのないご両親に大切に育てられたことがわかります

出産

1955年に松坂慶子さんが早産(未熟児)で生まれました

古いミルクを飲んだせいで生死をさまよったこともあったそうです

国籍

1964年:韓国籍から日本国籍が回復

松坂慶子さんは非摘出子として母親の戸籍に入りました

松坂慶子さんの父親

韓国に生まれた韓国人です

1938年に日本に仕事を求めて渡ってきました

兵庫県姫路市に移り住み、仕事で出会った女性を結婚

その女性が松坂慶子さんの母親です

2人は身寄りがいないので同棲

戦後に両親は神奈川県藤沢市に転居

父親はいろいろな仕事を掛け持ちして成功していたそうです

2007年:逝去

享年:86歳

松坂慶子さんの娘

子ども

長女:百音(もね):1993年出産

英語表記「MONET」

二女:麻莉彩(まりさ):1995年出産

英語表記「MARISA」

娘たちの学校は日本のアメリカンスクールに通っていたようです

現在はハワイに留学

美術を学んでいます

出展:http://www.officiallyjd.com/

松坂慶子さんとの共演

2008年:NHK「英語テレビ講座」

  • 3ヶ月トピック英会話
  • 赤毛のアンへの旅~原書で親しむAnneの世界~

プリンセスエドワード島を一緒に旅をして赤毛のアンにまつわる様々な体験をする企画です

この番組に出演した時の長女は16歳、妹は13歳dした

これをきっかけに芸能界へは進んでいません

松坂慶子さんは「大人たちが一生懸命、誠実に丁寧にいいものを作ろうとしている姿を見て欲しかったんです。それで今回のロケに同行させました」と語っています

さらに「そういうものを見て、何か感じてくれればいいなと思っていました。」

「娘たちにアドバイスしたのは”楽しむこと”それから外での撮影は”大きな声を出してね”」と話したそうです

特に心配することはなかったと語っています

現在、2人の娘さんはハワイの大学で美術を学んでいるそうです

子どもが小さかった頃の目撃

松坂慶子さんが小さな2人の娘ちゃんを連れてデパートでショッピングを目撃しました

松坂慶子さんさんが子どもと話す声が明るくて楽しそうでコロコロを笑っていました

筆者は素敵な声の人がいるなと振り向いたら松坂慶子さん

平日のデパートって芸能人の方が普通にお買い物されています

家族の楽しいひとときなので、知らん顔でその場から離れました

松坂慶子さんの結婚の経緯

夫の職業はジャズギタリスト

活動は1980年代からアメリカに渡りニューヨークでジャズギタリストとして活動しています

1980年後半からコンピューターやシーケンサーを取り入れた多くの映像音楽も担当

作家やプロデューサーも手掛けています

結婚当初からぽっちゃり体型でした

夫・高内春彦さんのプロフィール

生年月日:1954年8月5日

出身地:栃木県宇都宮市

学歴:東京造形大学美術科油絵・版画専攻

ピアノを始めたのは6歳から

ギターを目指して大学時代はジャズ研究所で活動

18歳の時から2年間、渡辺香津美さんに師事

大学卒業後1980年にアメリカへ渡る

ニューヨークで自身のバンド「HIKO BABD」を結成

1984年にアルバムデビュー

1992年:アルバム「Galactic Age」にて全米、全欧デビュー

現在はフリーで活動

高内春彦さんhttps://pbs.twimg.com/media/DkrQhcNUwAEbD_J.jpg

なれそめ

松坂慶子さんがフランスカンヌ映画祭の帰りにニューヨークに立ち寄った際に友人の紹介で出会いました

相手の男性は「高内春彦」さん

通称「ハル高内」

ニューヨークを拠点にギタリストをされている方です

これをきっかけいに交際がスタート

1990年にご結婚されました

当時の松坂慶子さんは38歳のトップ女優

日本を代表する人気でで引っ張りだこの女優さん

高内春彦さんはアメリカで活動していたので日本では無名のギタリスト

両親から結婚を大反対された理由

一番の原因は両親に黙って結婚を決めてしまったから

さらに、当時の高内春彦さんは売れないミュージシャン!

収入の面でも松坂慶子さんが格上

当時のマスコミは「格差婚」として報じています

さらに松坂慶子さんの両親は2人の結婚に猛反対

「よりによって何でこんな男性と」

「嘘つき、ただブラブラしているだけ」

「娘・慶子は騙されている」

などとマスコミを前に猛烈に批判

松坂慶子さんは一人っ子で両親の生活も支えていました

結婚されてしまうと両親の面倒を見てくれる人がいなくなるので、経済的にも知名度も高い男性に嫁がせたかったといわれています

松坂慶子さんは反対を押し切って結婚し、ニューヨークを拠点に結婚生活を送っていました

当時の松坂慶子さんは引退も本気で考えていたことをあかしています

アメリカで娘2人を出産

その後、帰国

  • 2001年アメリカニューヨークで起こった「9.11事件」によって自宅が被害を受け帰国
  • 帰国後に両親に和解を申し出るも、父親は結婚を許さないまま2007年に父親は他界

母親と同居

母親は一人暮らしをしていました

要介護3程度の認定を受けて、同居を提案すると母親は受け入れてくれました

現在、松坂慶子さんは実母の介護のために娘夫婦と同居しています

長年、杖をついて歩いていたそうですが、お年を召して車いすになってしまったようです

結婚を猛反対されて、駆け落ち同然で結婚

松坂慶子さんの離婚説

これまでもたびたび離婚の噂が浮上しますが、現在も結婚生活は続いています

夫婦円満の秘訣は

松坂慶子さんの女優の仕事に対して理解があることだと言われています

裸になる仕事も口を出すことはないそうです

さらに結婚を反対した母親と同居

子育てや家事にも積極的に参加してくれる家庭的な男性といわれています

松坂慶子さんの幼少時代

両親の思い

アメリカにトップ女優さんに「イングリッド・バーグマン」という女性がいます

両親は綺麗な女性になってほしいと願い、いくつもの習い事をかけもちさせたようです

イングリッド・バーグマン

イングリッド・バーグマン https://eiga.k-img.com/images/person/17516/300x.jpg?1370915106

小学時代

1960年「くるみ児童合唱団」に入団

小学校は中野区立第三中学に通い、演劇部に所属

中学時代

松坂慶子さんは「劇団ひまわり」に入団

幼児向けコメディ(テレビデビュー)

1967年:テレビ朝日系NET「忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ」に出演

1968年:ウルトラセブン・第31話(悪魔の住む花)

松坂慶子さんの役「少女・香織」

中学時代の同級生:二代目快楽亭ブラック(落語家)

高校時代

日本大学第二高校に進学・卒業

松坂慶子さんの整形疑惑

実は、松坂慶子さんは整形していると言われているようです

かつて父親が「娘を一流の医師に整形させたので、家を数軒も建つほどお金をかけた」と松坂慶子さんの顔について暴露したことがあったとか

真実は闇の中ですが娘さん2人の高校生時代の写真を見ると父親に似たのかなと思いましたが、松坂慶子さんの若い頃の写真は目がちょっと細かったので疑惑が生まれているようでです

母親が美人過ぎると娘は気苦労が絶えないなあと思いました

若い頃の松坂慶子さんはスリムですが結婚されてから年齢と共に痩せにくくなったようです

明るくて愛情深い母親役が素敵なんですが、戦時中の役柄ではぽっちゃり気味との声も。

そこはご愛敬でいいのではないかと思っちゃいました

夫・高内春彦さんは結婚当初からお腹に何か入っていそうなぽっちゃり君

夫の好物に合わせると自然と太ってしまうのかもしれません

高校2年生の時に映画デビュー

  • 1969年:大映(映画会社)からスカウト

1969年に「ある女子高校医の記録続・妊婦」からデビュー

松坂慶子さんの役は女子高校生の一人として出演なのでクレジットには掲載されていないようです

1971年:映画「夜の診察室」に主演

主演予定の渥美マリさんの降板によって代役を務めました

  • 1972年(3年後):松竹へ移籍
  • 1973年「NHK大河ドラマ・国盗り物語」で濃姫を演じて全国に知られる女優さんとなります

数年後には濡れ場の演技を体当たりで演じ人気を集めます

  • 1975年:時代劇「江戸を斬る」に出演
  • 1978年:映画「事件」
  • 1979年:映画「配達されない三通の手紙」
  • 1979年:ドラマ「水中花」

主題歌「愛の水中花」はバニーガールの衣装を披露して大ヒットに

松坂慶子さんは濡れ場で体当たりの演技で清純派のイメージを抜け出します

松坂慶子さん「江戸を斬る」https://pbs.twimg.com/media/Dp0p5yIUUAAztT7.jpg

1980年代から映画「男はつらいよ」などに立て続けに主演

日本アカデミー賞を獲得

数々の賞を総なめにしました

1990年:結婚

ギタリスト・高内春彦さんと結婚

結婚後、ニューヨークに住んで2人の子宝(女児)に恵まれました

長女:百音(もね)

二女:麻莉彩(

大反対を押し切って結婚したので一時は芸能界を引退することも考えたそうです

その後、帰国

両親との関係を修復することに力を注ぎ、父親とは和解できずに逝去されました

一人暮らしになった母は、介護認定③を受けて、松坂慶子さんの夫婦と同居することを承諾

現在は松坂慶子さんの介護されて幸せに暮らしています

  • 2008年:映画「火垂るの墓」

松坂慶子さんの役:親戚の子どもをイジメる叔母の役を演じています

松坂慶子さんは「本来は優しい人物だと思っていたのに、最後まで悪い人物という描かれ方に違和感があり、一度はオファーを断ったそうです」

共演者の畑山彩奈さん

「松坂慶子さんに怒られるシーンを撮影中、本気で泣いてしまった」と告白

松坂慶子さんの徹底した演技力が評価された作品となっています

2018年

  • NHK「西郷どん」

松坂慶子さんの役「西郷隆盛の実母」

  • NHKの朝の連続テレビ小説「まんぷく」

松坂慶子さんの役「ヒロインの実母」

松坂慶子さんのプロフィール

芸名:松坂慶子(まつざか けいこ)

本名:高内慶子(たかうち けいこ)

人種:ハーフ

父親:韓国人(松坂英明)

母親:日本人(松坂つね子9

生年月日:1952年7月20日

年齢:66歳(2018年)

出生地:東京都大田区

身長:162㎝

血液型:A型

結婚:配偶者あり

1990年:ギタリストの高内春彦さんとご結婚されました

子ども:女の子を2人授かりました

  • 長女:高内百音:1993年出産
  • 二女:高内麻莉彩:1995年出産

職業:女優・歌手

デビュー年:1967年

ヒット曲:1979年「水中花」

所属:日本コロンビア

受賞

日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞

  • 1981年:「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」
  • 1982年:「蒲田行進曲
  • 1990年:「死の棘」

日本アカデミー賞優秀主演女優賞

  • 1986年:「火宅の人」
  • 196年:「波光きらめく果て」

ブルーリボン賞主演女優賞

  • 1981年:青春の門
  • 1981年:男はつらいよ浪花の恋の寅次郎
  • 1990年:死の棘

他多数

  • 2009年:紫綬褒章授与

最後まで読んでいただきましてありがとうございました

りおさ

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
りおさ

りおさーチ

こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

-Woman

Copyright© , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.