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XJAPANのYOSHIKIの生い立ちに見る音楽の光と影とは

投稿日:2018-03-31 更新日:

XJAPANのYOSHIさんが壮絶な生い立ちから現在までをTBSの金スマ番組で明らかにしました。

これまでベールに隠されてきたが、見え隠れしていた事をYOSHIKIさんから聞くことができたので、数回に分けて掲載していきたいと思います。

YOSHIKIさんの生い立ち

千葉県の海が近くに感じらる街で生まれ育ったYOSHIKIさんは、老舗の呉服店の長男に生まれました。

身体が弱かったYOSHIKIさんは両親の愛情をたっぷり受けて育ったことを話しました。

YOSHIKIさんは小児喘息を患い、入退院を繰り返していたので、大人になるまで生きられるかわからないと思われていたようです。

父親は時間を見つけては、海に釣りに連れて行ってくれたことが楽しい思い出の一つにあると話していました。

幼いながらも病気と向き合っているYOSHIKIさんと弟さんに対して、父親が子どもの成長を願う姿が感じられました。

YOSHIKIさんからの楽しかった思い出には、潮の香りが似合うような気がしました。言葉にできないことも海の香りと思い出を、共有しているのかも知れませんね。

父親はYOSHIKIさんのために、毎日おもちゃを買ってくれたそうです。入退院を繰り返しながらも、精一杯生きているYOSHIKIさんに、生きる希望を与えたかったのだと思いました。

呉服店の後を継ぐまで、父親はプロのタップダンサーを職業とし、母親との結婚のなれそめは、父親の舞台を観に行ったことがきっかけなんだそうです。

母親も三味線などを嗜むところから、音楽の好きなご両親を持つYOSHIKIさんは生まれながらに才能を発揮する運命にあるのかも知れません。

父親の趣味は多彩で日本刀にも精通しているようです。

日本刀を好む人の特徴の一つには繊細な人が多いように感じます。

日本刀には魂が宿ると言われ、本物を身近で見ると身震いするような、怖さを感じるので私は苦手です。

しかし刀には怖いくらい美しいという言葉が、当てはまるようにも感じられます。

YOSHIKIさんの幼少時代に父親の趣味にふれていたならば、現在の音楽に対する繊細な才能の一部になっているのかも知れません。

繊細過ぎる才能の光と影を行き来する刃(やいば)と言ったところでしょうか?

YOSHIKIさんの音楽の原点

昭和40年代には、ピアノが家庭にあることは裕福であることを証明しているような時代でした。

YOSHIKIさんはピアノに興味を持つようになり、ピアノが欲しいことを話すと父が買ってくれたと言うことからも、恵まれた家庭環境にあったことがわかってきます。

ピアノに興味を持つきっかけは金スマでは話していませんでしたが、父親がクラッシック音楽に精通していたことが、大きな要素ではないかと思いました。

XJAPANの音楽のジャンルはロックですが、YOSHIKIさんの音楽制作にピアノを使用していることからも、クラッシック音楽とピアノが原点にあるようです。

そして近所のピアノ教室に通うとメキメキと上達して、父親に褒められると嬉しくて夢中になったと話すところからYOSHIKIさんの音楽の原点はピアノにあることがわかってきました。

ちなみにYOSHIKIさんはベートーヴェンの作品が好みのようです。

将来の夢はピアニストになることを決めていたようですが、願いは本当に叶うことをYOSHIKIさんは金スマで伝えてくれました。

YOSHIKIさんの弟の現在は?

兄弟は弟がいて名前は、林 光樹(読みがな:はやし こうき)さんと言うそうです。

年齢差は5歳年下とされています。

ちなみに、元俳優で田辺エージェンシーに所属していたようですが、2003年にNHKのおかあさんといっしょに出演していた体操のお姉さんと結婚したそうです。

名前は松野ちかさんとされています。

現在はYOSHIKIさんのマネージメントなどを引き受けているようですね。

YOSHIKIさんのような才能豊かな兄を持つと、兄とは別の道へ行きたくなると思います。

弟さんが俳優を目指したことがあることから、弟さんの人並み以上の努力があったことと思います。

YOSHIKIさんの誕生日には、ご両親から新しい楽器がプレゼントされたそうです。

ピアノだけでなくいろいろな楽器に親しみながら育ったことがわかります。

音楽に慣れ親しむ家庭に育った弟さんも、きっと音楽の才能がありそうですね。

YOSHIKIさんの父親

YOSHIKIさんが10歳(小学校5年生)の夏休みに、父親が突然亡くなりました。死因は心臓発作と聞かされたそうです。

まだ小学生の男児に受け入れらるようなことではない配慮からくるものでした。

その後、母は店をきりもりして守り、父親の存在を紛らわすために、遺品をしまったそうです。

そして亡くなった父の分まで明るく振舞ったことで、母親を気遣ったYOSHIKIさんは、家庭で父親の思い出を語り合うことに罪悪感を持ってしまったようです。

父親との別れはショックだったと話すYOSHIKIさんは1パーセントの悲しみは99パーセントの喜びを覆い隠してしまいます。

痛みは年を取らないし、今でも悪い夢を見ることがあると話すことや、幼少時代に入退院を繰り返し、病室に閉じ込められていた経験を持つことから、生きるという意味を追求し続けている印象を持ちました。

悩みがあるとピアノを弾くと言うことから、悩みという闇の世界から光の世界へ導いてくれるピアノはYOSHIKIさんの生きる証のように思えてなりません。

私も父親を亡くしていますが、母親と共通の思い出として父親の話しをよくします。女性はおしゃべりすることで気を紛らわします。

YOSHIKIさんの母親は兄弟に話すことで、心の痛みを癒していたのでしょうか?

YOSHIKIさんは父親との思い出を海から感じ取ったり、ピアノを弾くことで父親と語り合っているのかも知れません。

そういった光と影を行き来するYOSHIKIさんが制作した曲は、私達の魂を揺さぶったり、癒したりする何かが潜んでいるように思えてなりません。

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YOSHIKIさんのプロフィール

名前 林 佳樹(はやし よしき)

生年月日 1965年11月20日

出身地 千葉県

身長 175㎝

職業 作曲家

XJAPANのリーダーでドラム担当

【補足】

以前、YOSHIKIさんと交際していた工藤静香さんはロサンゼルスで、YOSHIKIさんの生い立ちの話しを聞いて、涙を流したことを話されていました。

そのことがきっかけでYOSHIKIさんのベールに隠されて見え隠れする生い立ちや音楽についてを、YOSHIKIさんは数回に分けて記事を書いていこうと思います。

最後まで読んで下さってありがとうございました。

りおさより

 

 

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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