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三浦雄一郎(登山家)の健康方法は?父と嫁と子供の衝撃な経歴が凄い

投稿日:2018-12-30 更新日:

三浦雄一郎さんは登山家です

子供と一緒に登山します

高齢(80歳)になられて健康に不安を感じながらも

1つの山を登ると次の山を目指すと語りました

元はプロのスキーヤーで冒険家を名乗っています

夢のある職業で活躍されてきました

羨ましいですよね

夫を支える嫁は大変な気配がします

ご家族の経歴が気になったので調査しました

三浦雄一郎さんについて

https://media3.picsearch.com/is?T1tCbwAaXDMmiJJXNDlCvVRvA8Tz8GQnxugzPH55T1Q&height=180

プロフィール

名前:三浦雄一郎(みうら ゆういちろう)

生年月日:1932年10月12日

年齢:86歳(2018年現在)

出身地:青森県青森市

身長:164㎝

出身校

  • 青森県弘前高校卒業
  • 北海道大学獣医学部卒業

職業:登山家・冒険家

肩書

全国森林レクリエーション協会会長

札幌市手稲荷区親善大使

青森市5代名誉市民

クラーク記念国際国際高等学校校長

三浦雄一郎さんの生い立ち

  • スキーをはじめたのは?

1940年(8歳)小学2年生の時に

近所の公園の坂をスキーで滑ったのがきっかけだったそうです

1943年(11歳)小学5年生

結核で肋膜炎を患い長期入院して1年の半年は学校に通えなかったそうです

父親の転勤で小学時代に5回の引っ越しと転校がありました

仙台市の農場で本格的なスキーの練習を始めます

  • 中学時代

スキー大会で優勝

  • 高校時代

全日本スキー選手権大会の滑降競技で入賞

スキージャンプを借りたスキー板で初めて挑み

青森県で2位入賞と才能を開花させました

青森県高等学校スキー大会で3年連続で個人優勝

  • 大学時代

北海道大学獣医学部に進学

嫁の朋子さんと出会い学生で結婚

  • 大学院卒業後(アマチュアスキー時代)

大学院に進学した際、アメリカに留学を希望していました

しかし胚の病気を患い

母校の北大獣医学部に助手として勤務しています

1958年(26歳):助手を辞任してスキーに挑戦

しかしアマチュアスキー連盟から永久追放されました

理由は優勝した全日本スキー選手権の

青森県予選閉会式で

青森県の派遣人数をめぐりスキー連盟の関係者と対立したからです

その後、アマチュアの道が途絶えたので

1960年頃にスキー学校を開設

その傍ら海外でスキー選手権などに参加します

  • プロのスキーヤーへ転向

1962年:アメリカで開催された世界プロのスキー選手権に出場・8位入賞

1964年:イタリアで開催されたスピードスキーに日本人で初出場

成績は時速172.084キロ(当時の世界新記録)を達成

1966年:富士山の直滑降を成功

1970年:エベレストの

サウスコル8000m地点から滑降を成功

三浦雄一郎さんはギネスブックに掲載されました

その映像が「アカデミー賞記録映画部門」で賞を獲得しました

1985年(54歳):南アメリカのアコンカグアからの滑降が成功

これにより世界七大陸最高峰全峰から滑降を成功します

三浦雄一郎さんの健康

しかしこの後、登山への意欲を失ってしまいます

約10年ほど不摂生な生活を続け

血圧は200近くまで上がり

不整脈が出る状態になっていました

糖尿病の一歩手前まできていたそうです

医師から余命3年と診断されたとか

その状況を救ったのが

父親の三浦敬三さんです

世界七大陸とは

アジア大陸・エベレスト

ヨーロッパ大陸・エルブルス山

北アメリカ大陸・デナリ

南アメリカ大陸・キリマンジャロ

オーストラリア大陸・コジオスコ

南極大陸・ヴィンソン・マシフ

1997年(65歳):健康管理を始める

父のように70歳でエベレストに登山すると心に決めます

「独自のトレーニング方法」

外出時には常に両足に重りをつけ

20キロのリュックを背負い出かける

食事療法

2003年(70歳)でエベレストに登山

(当時世界最高齢の登頂を成功)

2004年(71歳)の時

父親は100歳でアメリカのスノーバードで親子と孫とひ孫の4世代で滑降を実現

2008年:2回目のエベレスト登山を成功

2009年:札幌市内のスキー場で骨盤を骨折

リハビリで回復しました

2013年(80歳)エベレストに登山

世界最高齢の登頂記録を更新

ギネスに登録されました

2018年:第1回ネパール社会貢献者表彰

目標

85歳でヒマラヤ山脈に登山

90歳でエベレストに登山

嫁:朋子さん

結婚歴:1回

嫁の名前は朋子さん

元・アルペンスキーの選手でした

なれそめ

大学時代に出会い交際がスタート

学生時代に結婚しています

子供:3人

長男:三浦雄大

二男:三浦豪太

長女:三浦恵美里

長男:三浦雄大

アルペン競技のスキー選手

現在は「KDDI」に入社

大手通信会社で、いわゆる「au」の携帯電話の会社です

その傍ら、父親の三浦雄一郎さんの登山のサポートメンバーとして活動しています

 

二男:三浦豪太さん

https://media4.picsearch.com/is?y2GQrQCXY8sN9V84Nfe7pLzAUCLNARcJwzPlane-8ek&height=256

プロフィール

生年月日:1969年8月10日

年齢:48歳(2018年現在)

出身地:神奈川県鎌倉市生まれ

身長:166㎝

出身校:順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座後期博士課程修了

職業

  • プロスキーヤー
  • 登山家
  • 医学博士

他に

東京都老人科学研究所研究員

国士舘大学ハイテクリサーチセンター研究員

二男・三浦豪太さんの略歴

  • 1983年(中学2年生):アメリカへ留学
  • 1994年:リレハンメル五輪出増
  • 1998年:長野五輪フリースタイルスキー競技・男子モーグルの日本代表選手
  • 1998年(高校生):ヘッドマスター(最優秀の成績)でユタ州・ローランドホール学院・卒業
  • その後、ユタ州・ユタ大学スポーツ性理学部卒業2012年:順天堂大学で医学博士を取得
  • 2003年:エベレスト登山

現在の活動は

スポーツの解説を務めています

  • 冬季五輪
  • 世界選手権

など大きな大会に登場します

  • その傍ら登山家として父親・三浦雄一郎さんのサポートメンバーです

結婚について

  • なれそめ

三浦豪太さんがエベレスト登山するために

事前に調査するためにネパールへ向かう

飛行機の中で加惠さんに声をかけたのがはじまりです

  • 結婚式

2006年の秋頃に結婚しました

嫁の名前は加惠さんというそうです

披露宴は300人以上が出席

  • 子供

長男と長女の2人に恵まれました

長女は2013年4月に生まれたようです

三浦雄大さんは2人の子供の出産時に

登山に出かけていたので立ち会えませんでした

長女:三浦恵美里さん

父親の三浦雄一郎さんの登山のサポートメンバーの一人です

株式会社「ミウラ・フォルフィンズ」の代表取締で

司令塔となって中心人物とされています

さらに三浦雄一郎さんの登山資金を募る活動が大きいようです

その傍ら

クラーク記念国際高等学校の

横浜青葉キャンパス校長も務めています

三浦雄一郎の父・三浦敬三

https://media1.picsearch.com/is?l1Gj4495Sas9_bgYe3ZZ_MDdZ85hje9mHtmkTGamS8Q&height=168

プロフィール

生年月日:1904年2月15日

没年月日:2006年1月5日

享年:101歳

職業:プロスキーヤー・登山家

誉:99歳(2004年:)内閣総理大臣表彰を受賞

肩書

クラーク記念国際学校会長

全国森林レクリエーション協会会長

札幌市親善稲荷区大使

略歴

  • 幼少期は病弱で両親に心配をかけてしまったそうです
  • スキーに出会い身体を強くしていきます
  • 大学卒業後に青森営林局に入社
  • 青森林友スキー部に所属
  • そこでは選手と監督と部長を歴任
  • 全国日本スキー連盟の技術委員を務めていました
  • 51歳の時に青森営林局を退職
  • 住まいを東京都練馬区を拠点にします
  • 三浦雄一郎さんは山岳カメラマンに転向しました

三浦敬三さんの登山の略歴

70歳の(古希):ヒマラヤに登山

77歳の(喜寿):キリマンジャロの登山・山頂の火口内を滑降

88歳の(米寿):アルプス・オートルート(フランスとスイス)を完全縦走

99歳の白寿(2004年):モンブラン山系のヴァレブランシュ氷河からスキーで滑り降りることを成功させました

101歳(2006年)1月5日

三浦敬三さんは逝去

病名:多臓器不全

最後に

三浦雄一郎さんは体力を温存しながら登山を続けたいと語りました

2018年12月29日現在は86歳の高齢です

80歳を超えたあたりから健康に不安を感じるようになったそうです

父親の三浦敬三さんが目標にあります

独自の健康方法で次の山を登ったら、また次の山と

終わりがないと語りました

最後まで読んでいただきましてありがとうございました

りおさ

 

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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