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羽生善治の将棋で勝ち続ける理由とは?嫁は畠田理恵で子供は医学部

投稿日:2018-04-05 更新日:

羽生善治さんは子供の頃から将棋が好きで

やり続けたことがプロの棋士として

勝ち続けることができるといいました

嫁は(80年代アイドル)の畠田理恵さん

子供は3人の父親になっています

人生にも勝ち続ける羽生善治さんを追跡しました

羽生善治さんの嫁

本名:羽生理恵(はぶ りえ)

旧姓:畠田(はただ)

生年月日:1970年11月10日

年齢:48歳

自宅:東京都世田谷区

出身地:大阪府堺市

実家:ラーメン屋「たつみや」を経営

出身校

  • 和泉市立伯太小学校・卒業
  • 箕面市立第二中学校・卒業
  • 大阪福島女子高等学校・中退

宗教:クリスチャン

デビュー年:1987年

第2回ミスモモコクラブのオーディションでグランプリを受賞

楽曲「ここだけの話」で歌手デビュー

ペットは

愛犬はベーグル犬種

アヒルと

うさぎは「さくら」ちゃん

なんだとか

羽生善治さんがお世話をしているそうです

なれそめ

1994年9月、理恵さんは

雑誌「はつらつ」の対談コーナーを持っていました

動物が好きな理恵さんは

ムツゴロウさん(畑正憲)さんを最終回のゲストに

迎えていました

しかしムツゴロウさんは体調を崩して中止に!

そこで代役として呼ばれたのが

将棋棋士の羽生善治さんでした

このゲストの交代がなければ2人は出会いませんでした

その後、羽生善治さんが

嫁・理恵さんの舞台を観る機会が縁となり

交際がスタートしたのです

結婚は自然な流れで決まったそうです

結婚

1995年の夏に婚約発表

1966年3月28日に(26歳)結婚式を挙げました

式場は東京・千駄ヶ谷の鳩森神社です

将棋会館の真向かいにあります

同時に芸能界を引退

式場には異例の警察官が80人も配置されたのです

披露宴は130人と地味ですよね

警備とのバランスが微妙ですが

その理由は結婚式直前に

嫁・理恵さんが襲われる暴行事件があったからです

婚約発表の直後から

「羽生と別れろ」

「さもないとひどいことになる」など

脅迫状が届いていたそうです

そして結婚式の1ヶ月前2月19日

理恵さんは東京駅で見知らぬ男性に

腰を蹴られて尾てい骨を打撲し

病院に入院していました

そのストレスからしばらくは神経性胃炎に悩まされることに!

さらに天才棋士・羽生善治さんと

アイドル・畠田理恵さんのビックカップルの

結婚として大きく話題になりました

結婚式は厳重体制の中、無事に終えることができました

新婚旅行は伊豆に2泊3日だったようです

ビックカップルのわりに地味でしたね

結婚当初は

周囲から「財産目当て」とか

「羽生善治さんの名誉が欲しいから」など

誹謗中傷に悩まされて

統合失調症(うつの症状)を患っていました

結婚式の時は体重が34㎏まで痩せてしまったようです

離婚騒動

2010年に羽生善治さんと嫁・理恵さんの別居報道がありました

これには嫁・理恵さんは驚いたそうです

お嬢さん達にフィギュアスケートを習わせていました

朝は4時に起床

学校から帰宅すると

夜10時まで練習

そのためにスケートセンターの近くに

月20万円のマンションを借りて健康管理をしていたそうです

離婚はありませんでした

嫁・理恵さんの事故

2018年8月3日午前9時頃

羽生理恵さんが運転する車が

東京都世田谷区駒沢公園の駒沢通りの交差点で

60代の男性が運転する乗用車と

出合い頭の接触事故を起こしていました

羽生善治さんの子供

1997年7月:第一子(女児)

名前は舞花さん

1999年11月:第二子(女児)

名前は桃花さん

2人のお嬢さんの学校

  • 田園調布雙葉中学校
  • 田園調布雙葉高等学校

進学した大学は判明していませんが

医学部に進学されているそうです

羽生善治さんの勝ち続ける理由

https://media1.picsearch.com/is?buOg9atHsHxbpVPreVZyRsmOxcBL1QesjUFb5lDh7to&height=341

「羽生マジック」

羽生善治さんの将棋には

よく「羽生マジック」と呼ばれます

それはAIと言われるコンピューターにも

予測できないような「指し手」をして

対局相手を困惑させることが理由だからです

とんでもない手を指して

試合の流れを変える技法は

数学のような美しさを感じるといわれています

羽生善治さんは

「羽生マジック」と呼ばれることに対し

、普通にやっていると言いました

対局中は何も考えないと述べていますが

時には10手先を読んでみたり

感じたまま次の一手を指すようです

そのことが天才などと呼ばれることになっています

羽生善治さんは

将棋は基本が大事だと話していますが

それだけやっていてはダメといいます

基本の練習をしっかりやることと

研究と知識の積み上げていくことを心がけてきたそうです

そうやっていくと自然と先が読めてくるとあかしました

羽生善治さんの勝ち続ける理由②

コンピューターが発達してきたことによって

自分の将棋の手の内が

あっという間に対局相手に研究されてしまいます

新しい戦法を編み出すことに専念すると

対局のスピードや時代のスピードにも疲れてしまうそうです

タイトル戦は2日間にわたって行われます

そのために1日目には

あまり対局が進んでいないように見えますが

水面下では大きく次の手が隠れているそうです

リズム感もあると言います

勝つリズムを掴んだら

その波に乗り続ける努力をするのだそうです

羽生善治さんは

おとぎ話に出てくる「ウサギとカメ」にたとえると

ウサギはスプリント能力はあるけれど

持久力がないと言いました

そこでウサギに持久力をつけて

最後まで休ませないようにしたので

カメは勝てないそうです

将棋の世界では決断の連続なのだと

羽生さんは述べています

スピード感を意識することは

一般の人にとっても成功の秘訣のようです

私はカメ型なのでカメにはカメの勝ち方を探していきたいと思います

コンピューターの普及によって

対局相手がコンピューターとなると

挨拶がなくなるのだとか

お願いしますという挨拶は

コンピューターが言うので

挨拶の仕方が分からないと言われています

これは将棋の世界だけではく

一般の企業でも取り上げられることが多い話題の一つです

昔の人は先輩の背中を見て覚えるように指導しましたが

昭和から平成に時代が変わる頃になると

マニュアルを作成して後輩の指導にあたるようになっていきました

現在では教えてもらわないと上達しないので

失敗しない指導方法に変化しているように感じます

将棋のように自分で差し手を決めていくことは

誰かに教わることで上手くなるというよりは

臨機応変にあの手この手で

次の手を考えられる知恵こそが

先を読む力をつけることにつながっていくようです

羽生善治さんが勝ち続ける理由③

羽生善治さんは

将棋の場合には

攻めるより守る方が圧倒的に楽と話しました

将棋を指す人には当たり前の事なのかもしれません

コンピューターが発達したことによって

攻める方が楽と言われる場面も多くなりました

将棋の世界では攻めていくためには

非常に力が必要だと言われています

守る時は相手の指した手に

対応すればよいので楽なんだとか

それから現代の将棋の特徴の一つには

相手に手を渡すことなんだそうです

その意味は相手に主導権を取り合えず渡して

その力を利用して反撃するという考え方なんだとか

戦力を組み立てる段階では

自分が主導権を握り

終盤を迎えることになると

相手に渡すと有効になるそうです

手を渡すことはとても怖いことですよね

何をされるか分かりませんよね

羽生善治さんはその怖さに打ち勝って

相手にうまく手を渡すのだそうです

勝ち続けることの難しさと度胸の良さを感じました

羽生善治さんの後輩との対戦

羽生善治さんは対局相手が

5歳違うと感覚が違うと述べています

これは一般の私達にも言えることで

企業の中では会話の端々に

何か得体のしれない違和感を感じることがあります

羽生善治さんは後輩と対戦することの方が多くなってきました

10年前に後輩との対局について

対局していても違和感を感じますが

終わってからも続くそうです

育ってきた環境も違うし

持ってるものも違いますが

同年代の人とはお互いに共通した何かを感じ取ることができるとか

勝負師の感覚には繊細な感性があることを知ることができます

羽生善治の子供時代の記事はこちら

羽生善治さんのプロフィール

プロフィール

名前:羽生善治(はぶ よしはる)

生年月日:1970年9月27日

年齢:48歳

プロ入り:2985年12月18日(15歳)

棋士番号:175

出身地:埼玉県所沢市

師匠:二上達也さん

趣味:チェス

国際チェス連盟のタイトルで府ランドマスターを獲得

チェスの師匠:フランス人のジャック・ピノー氏

語学:英語

結婚歴:あり

嫁は元タレントの畠田理恵(はただりえ)さん

昇段履歴

12歳(1982年ー1983年)

  • 7月:6級
  • 2月:5級
  • 3月:4級
  • 5月:3級
  • 7月:2級
  • 8月:1級

1984年(13歳)

  • 1月:初段
  • 9月:二段
  • 1985年(14歳)
  • 4月:三段
  • 12月18日:四段(プロ入り)

1988年(17歳)

  • 4月:五段

1989年(19歳)

  • 10月:六段(竜王戦に挑戦)
  • 1990年(20歳)
  • 10月:七段

1993年(22歳)

  • 4月:八段(順位戦A級昇級)

1994年(23歳)

  • 4月:九段

表彰

  • 1994年:都民文化栄誉賞
  • 1996年:内閣総理大臣顕彰
  • 1999年:将棋栄誉賞(公式戦通算600勝)
  • 2003年:将棋栄誉敢闘賞(公式戦通算800勝)
  • 2003年:日本メガネベストドレッサー賞
  • 2007年:特別将棋栄誉賞(公式戦通算1000勝)
  • 2008年:第56回菊地寛賞
  • 2010年:現役勤続25年表彰
  • 2018年:国民栄誉賞
  • 2018年:紫綬褒章

最後まで読んでいただきましてありがとうございました

りおさ

 

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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