実業家

大塚家具の久美子社長の結婚は?兄弟姉妹は?父親との和解はいつ?

投稿日:2019-05-01 更新日:

お家騒動で有名になった大塚家具は

親子関係が壊れたことが報道されました

親子としては和解できることも

大塚家具のビジネスが絡むと

和解できないという展開に

大塚家具が願う家内安全とはなんでしょう?

創業者と子ども達を調べました

大塚家具のお家騒動の主な流れ

大塚久美子

出典:大塚久美子さんのTwitter

 

大塚家具が多くの人々に愛された理由

創業者の大塚勝久さんにあります

それはそれは苦労を苦労とせず

生まれてきた宿命に逆らわず

運を少しずつ切り開いて大塚家具を創業しました

その姿が多くの人々の共感を得て

幸せを願う新生活を送る人が

心身共に休まる家に置く家具を

大塚勝久さんの人生に思いを馳せて

新たな生活に大塚家具を購入するのです

だから収入よりも高くても背伸びしても

欲しいと思うのです

時代が後押ししたのは

大塚勝久さんの人生と共に

家具を購入した人々も

悩みを乗り越えて成長し発展しました

親子2代で大塚家具を愛し

家内安全を願う人も多くいるようです

代表取締役会長 大塚勝久

出典:匠大塚

大塚勝彦さんの幼少時代

勝久さんのお父様は桐ダンス職人でした

  • 1928年:埼玉県春日部市に工房を開業

幼少時代の勝久さんは

桐ダンス職人だった父・千代三さんの

仕事をよく手伝っていました

中学までに

調達

販売

融資

経理

税務などを経験

経営手腕も素晴らしい人物ですが

家具の材料(木材)選びは一流です

家具を作る職人の思いを汲み

家具を使うお客様の心もギュッと掴んできました

そして資金繰りの大変さと

夫婦で力を合わせて社員とその家族を守り

5人の子ども達を育てたのです

信頼が厚く

関係者は子ども達への期待も

大きくなるもの自然なことです

大塚家具センター・春日部

  • 1969年

25歳の若さで勝久さんは

社員24名で

株式会社大塚家具センターを創業しました

創業者で父親の勝久さんと

母親の千代子さんは供稼ぎ夫婦で

毎日忙しく働いていたそうです

後にお家騒動の重要人物は

母・千代子さんではないかとされています

おしどり夫婦で働き者の千代子さんは

古風な日本女性とされています

母親

名前:大塚千代子(おおつか ちよこ)さん

生年月日:不明

出身地:埼玉県

出身校:春日部女子高校卒業

夫:大塚勝久さん

千代子さんの役職

  • 元・大塚家具取締役・監査役(退任)
  • 元・ききょう企画監査役(2014年1月に解任)
  • 大塚家具の大株主

千代子さんの弟

名前:大塚精一郎

生年月日:不明

出身地:埼玉県

出身校:杉戸高校卒業

役職:大塚家具取締役常務執行役員(退任)

大塚精一郎さんの義弟

名前:金子正幸さん

生年月日:不明

出身地:新潟県

出身校:千葉商科大学商経学部卒業

役職:大塚家具取締役常務執行役員(退任)

  • 1978年:大塚家具が株式会社大塚家具センターを吸収合併

当時の子ども達

長女の久美子さんは小学6年生だったようです

小さな工房から始まった大塚家具は

兄弟が顔を寄せ合って

宿題を教え合っていたそうです

5人兄弟の長女の久美子さんは

弟と妹の面倒を両親の代わりにみていました

卒業直前に東京に引っ越しました

兄弟姉妹

  • 長女:久美子さん

人の気持ちに疎いようです

周囲の人への気配りも不器用で寂しい思いをさせてしまうとか

家業が忙しかったので両親の代わりに弟と妹の世話をしてきました

もしかするとサイコパス?

  • 長男:勝之さん(1歳年下)

出身校:名古屋芸術大学卒業後に大塚家具に入社

性格はおっとりした人物で芸術家タイプ

両親を尊敬している素直な性格

長女に学力のコンプレックスがあり関係は複雑

ビジネスにおいては

長女が父親の信頼を一身に集めた際

長女についていました

2019年5月現在は父親側についています

母親・千代子さんの意向をくんでいるのかもしれません

代表取締役社長 大塚勝之

出典:匠大塚

二女:舞子さん

二女の情報は出てきませんでした

ききょうきかくの社長

茶道と日本舞踊の教室を開催

大塚舞子さんは名字が変わっていないので

未婚なのか

結婚して婿を迎えたのか調査中です

三女:佐野智子さん

朋子さんはききょう企画の取締役

夫は大塚家具の取締役に就任

長女側についたり

父親側についたり

夫婦で立ち位置がかわるので

両方から裏切りがあったといわれていました

2019年5月現在は父親側についています

ちなみに創業者の大塚勝久さんの弟に

大塚春雄さんがいます

現在は大塚家具の取締役専務を退任しています

名前が似ているので間違えそうですよね

二男:雅之さん

大塚家具の執行役員に就任

ききょう企画取締役に就任

派閥に巻き込まれなかった人物のようです

末っ子の特徴かもしれません

長女と父親と

兄と姉の関係を読み取り動ける人物とされています

大塚家具・東京

  • 1978年

本社の埼玉県春日部市は東京へ移転します

  • その後全国に店舗を展開

積極的な広告宣伝を展開すると

「会員制」を打ち出し

店員が1対1で接客するオーセンティックな

接客方法が人気を得て拡大しました

バブル時代に入るとブランド価値が上昇

時代が大塚家具を後押ししました

しかしバブル崩壊と

リーマンショックと経済の低迷と

ニトリやイケヤなどのリーズナブルな価格で

イマドキの家具を提供すると

大塚家具の業績も低迷します

長女・久美子さんは大学で経済を学び

創業者である父から5人兄弟の中で

頭が良く自分によく似ていると

可愛がられてきました

  • 2009年:お家騒動が勃発

長女の大塚久美子さん(47歳)に社長職を譲り

父・勝久さん(71歳)は代表取締役会長に退きます

これがお家騒動のはじまりでした

後に

プロキシ―ファイトという委任状争奪戦と

民事訴訟に発展する大ごとになったのです

家族は両親と子供5人の関係を裂きました

勝久さんは

「長女・久美子に任せればうまくいくと思っていた」とあかしています

しかし長女の久美子さんの経営手腕は

父・勝久さんと真逆の経営を打ち出し

「会員制」を捨ててしまいました

長女・久美子さんは末永いお客様を

あっさり切り捨てたとされたのです

高級志向で老舗の大塚家具は

カジュアル家具への転向なのか

マニア向けの専門店への転向なのか

これまで創業者とお客様が築いた

ストーリー性を捨ててしまったのです

そこには長女・久美子さんの考えがありました

「創業者(父)は

自分のビジョンを形にすることは得意でも

人の言っていることとか

他人のコンセプトを理解するのはどちらかというと苦手」

長女の言い分は筆者も父に言ったことがあります

どこの家庭でもある小さな意見交換が

やり方ひとつで大きな事件につながるのですよね

大塚久美子さんの経営

父・勝久さんの客層は高齢者なんです

勝久さんの人生と共に歩んできました

高齢になったお客様の子ども達の年齢層は

娘の久美子さんと同年代といわれています

家具を購入してくれた世代に一区切りつき

次は孫が進学したり結婚する年代になりました

昭和の時代のように

嫁入り道具に一生使う家具の必要性が減少し

時代に合うようなおしゃれな家具を

人生の節目や引越しする際に

買い替えるスタイルに変化してきました

大塚久美子さんは勝久さんの孫世代に

客層をターゲットとしたそうです

カジュアル家具やマニアックな家具は

思うように客層の心理を掴むことが困難でした

その理由のひとつには

ニトリやイケヤの根本的な経営の違いにあります

「製造・物流・店舗」が一括した体制なんです

イケヤはこれにもう一つ

「自分で運んで組み立てる」

時代は日曜大工からDIYとカッコイイ名前が

若い人々の創作意欲をかきたてました

それに対して大塚家具は

仕入れの体制が整っていませんでした

市場の分析(マーケティング)を理解していないといわれるようになります

人材の流出がはじまり

さらにコストダウンが売上ダウンとなって

固定費の削減よりも大きくなり

コスト割れを起こしたのです

社内では

父と長男と長女との間で派閥争いが勃発

二男と三女と娘婿や嫁が絡んで

誰を信じたらいいのかわからない状態が

ここからはじまったのです

社員は迷惑な話ですよね

家族は喧嘩しても家族です

解任されてもどこかに居場所があります

しかし社員は赤の他人

どんなに会社に忠誠を尽くしても

派閥に巻き込まれてたら逃げることができません

大塚家具のお家騒動で感じたことは

古来から家内安全を願う理由を

改めて感じました

そして自分の強みってなんだろう

個性を大切する

自分のルーツを知ること

当たり前のようにある健康や

両親に感謝したいと思いました

  • 2014年:長女の久美子社長を解任

父・大塚勝久さんが社長に復帰しました

この時16人いた店長のうち10人を解任

長女の派閥となった幹部を

反対者として厳しく取り締まる人事を行い

さらに7億円に及ぶ宣伝広告費の積み増し

原点の埼玉県春日部市に5000坪の土地を購入

コンプライアンス体制を強化

経営における合理性の確保などを求める要望書が出されます

そして社外の取締役で

さくら銀行(現在・三井住友銀行)の

中尾秀光さんが辞任しました

  • 2015年1月28日

4対3の賛成により

長女の大塚久美子さんは社長を解任

久美子さんは「クーデターによって社長の座を奪われた」とあかしました

父親の勝久さんが社長に就任

長男の大塚勝之さんが専務兼営業本部長に就任

この時の派閥は?

「長女・久美子さん側」

  • 長男の勝之さん?
  • 三女?

「父・勝彦さん側」

  • 二男
  • 二女
  • 三女の夫・佐野春生さん?

  • 2015年2月25日

長男の勝之さんらは記者会見を開きました

2月25日は長女・久美子さんの誕生日です

「今まで経営で失敗したことはない」と

長女を復帰させるように求めました

父・勝久さんの言い分

今度は父親がクーデターにあったと言いました

「娘・久美子は私のやることの半分は反対してきました」

「娘は会社のことがよくわかっているから反対するのだと思っていた」

「それは間違っていた」などと

長女・久美子さんを痛烈に批判しました

そして「私はあと10年も20年もできる」と

社長職への復帰を求めました

派閥の入れ替えとは?

「長女・久美子さん側」

三女の夫・佐野春夫さん?

「父・勝久さん側」

  • 長男・勝之さん?
  • 二男・雅之さん
  • 二女・舞子さん
  • 三女・智子さん

三女の裏切りとは

そして二男と三女が父・勝久さんの派閥にいることを発表

しかしクーデターの本人は娘婿の佐野春生さんを批判しました

民事訴訟を提起したことをあきらかにします

三女は2015年1月の時点で

長女・久美子さん側の派閥と思われていたようです

しかし三女の夫が勝久さん側についたことから

三女も父・勝久さんについたことが判明

長女は三女に信頼をおいていたことから

長男は記者会見の席で

長女・久美子さんは三女・智子さんに

裏切られたと感じていることをあきらかにしました

しかし2015年3月時点で

三女の夫は長女・久美子さん側につき

三女自身は父・勝久さんについていたようです

大塚勝久さんから「クーデターの本人は娘婿」と

呼ばれるようになったのです

お母様はどんな思いで見守っているのでしょう

悲しいと思うことでしょう

今の時代は環境や栄養が発達したので

赤ちゃんは安全に産むことができます

子育ても不慮の事故でもない限り

安全に育てられる時代です

それでも女性の妊娠と出産は命がけなんです

5人も子どもを産んだお母様は

子ども達のひとりひとりの幸せと

家内安全を願っていると思います

  • 2015年3月:株式総会

有明本社の株式総会で

「どちらが社長にふさわしいか」が論争に

結果

娘の久美子社長が勝利

父の勝久氏は経営から退きました

人事は

長男・勝之さんは専務を退任

二男・雅之さんは取締役に昇格

父・大塚勝久さん

匠大塚

父・大塚勝久さんは大塚家具を去り

長男・勝之さんは専務を退任

  • 「匠大塚株式会社」を設立

2016年6月29日:春日部市の西武百貨店に本店オープン

匠大塚の特徴

高級家具を打ち出しました

これまでのお客様をターゲットにしたことが特徴です

中学時代には桐ダンス職人だった父親を手伝い

長い下積みを経て25歳の時に

大塚家具を創業しました

大塚勝久さんは家具の材料の手配や

木材の目利きは一流です

後10年も20年でも現役を自負していました

客層とマーケティングは

もともと勝久さんのお客様なので

高齢者であっても

昭和の時代に終身雇用制度で

会社に忠誠を尽くして報われた世代です

年金は現在のサラリーマンより多いことでしょう

オレオレ詐欺がなくならないはずよね~

さらに結婚する際に嫁入り道具となって

大切にされてきた大塚家具の利用者は

他との競合がないそうです

高齢者にとって大塚家具で購入した家具は

両親から幸せを願って

嫁ぎ先で娘のように可愛がられるように

着るものに困らないように願いが込められ

へそくりを貯める道具になったりと

今は亡き両親との思い出の一つなんです

大塚家具は長い月日を越えて

信頼を掴んできたのです

大塚勝久さんの人脈が欲しい人物が

父娘のお家騒動につけ込んで

狙いを定めたのが中国企業とされています

大塚勝久さんのプロフィール

名前:大塚勝久(おおつか かつひさ)

生年月日:1943年4月27日

年齢:76歳(2019年5月現在)

出身地:埼玉県春日部市

出身校:埼玉県春日部高等学校卒業定時制を卒業

職業:実業家(大塚家具の創業者)

任期 :

  • 1969年~2009年
  • 2014年~2015年

出身校:埼玉県立春日部高等学校

その後の久美子社長

娘「久美子社長」の大塚家具

業界で「かぐや姫」と言われるようになりました

蝶よ花よと育てられ

美しく成長した長女・久美子さんは

箱入り娘といわれ

結婚せずに大塚家具に身を捧げたので

「かぐや姫」になぞられました

また経営不振に陥ると世間知らずのお嬢さんと

「かぐや姫」の愛称で呼ばれることもあります

長女・久美子社長の経営状況

低価格路線のブランドとの競争に苦戦中

大塚家具は無借金経営でしたが

万が一に備えて50億円のコミットメント(融資枠)の契約を結んでいました

これは父親が社長だった頃のことです

久美子社長に実権が移ると

売上高が100億越えが続き

債権者区分を要注意先から要管理先に格下げされ

融資枠が使えなくなってしまいました

売上高

  • 2015年:約580億円→約4億円の黒字
  • 2016年:約46億円→約46億円の赤字
  • 2017年:約411億円→約72億円の赤字
  • 2018年:約374億円→約32億円の赤字

大塚家具が身売りと言われる理由

経営不振が続く大塚家具が

スポンサー企業を探していることが

日系ビジネスの取材であきらかになりました

このことから大塚家具は外資系企業に

吸収されることがあきらかになりました

一番心配している人物は父親・勝久さんです

決裂した父娘関係は

メディアを通じて「何かあれば相談にのる」と

父親・勝久さんは言いました

しかし久美子さんから連絡はありません

そうこうしているうちに

2018年に水面下で資本提携の交渉を迎えていたようです

夏に浮上したのが大手の家電量販店「ヨドバシカメラ」でした

随分と騒がれましたが提携はありません

翌年の2019年にヤマダ電機と業務提携したことが発表

そして大塚家具は資金調達のために

2018年の年末に大きなバーゲンセールで

億の売上があったことが報じられました

2019年

日中の投資家や

アメリカ系投資ファンドから

資本を受け入れる財務強化を発表しました

同時に大手の家電量販店「ヤマダ電機」と業務提携しました

大塚久美子さんは社長を継続します

そして電子商取引・ECを手掛けるハイラインズと

日中の企業が資金を拠出する投資ファンドに18億円

アメリカの投資ファンドの

イーストモア・グローバルに

20億円の第三者割当増資を実施

株式数の増加

ハイランズの社長とイーストモアに対して新株の予約権を発行

権利が執行すれば

第三者の割当増資と合わせて

最大で76億円の資金が調達されたことになります

そして新予約権が執行されると

株式数は830万株増えます

娘・久美子社長

2019年2月

大塚家具は中国企業「ハイラインズ」と資本業務提携を結びました

ハイランズの社長・陳海波(ちんかいは)さんは

父娘の和解を提案しました

創業家が対立したままでは

大塚家具のブランド価値を落とすと提案

匠大塚と高級家具が売りなので

客層が同じではないかを話しを持ちかけたとか

家族でお客様を奪い合っても仕方がないので

和解を提案し

上手くいった際には業務提携するということなのでしょう

その裏側にあるハイランズの思惑は

大塚家具の父親の人脈が欲しいといわれています

スローファニチャーの会

スローファニチャーの会を立ち上げました

この団体は良質な家具を長く使うという価値観を広げる団体です

決裂した父親へ「名誉会長」へ就任を打診しました

父親は娘の意向を受け入れる方向と発表しています

スローファニチャーの会とは

中国進出する際に中国企業からの

協力を得られませんでした

その理由の一つに経営で赤字が続いていること

そして親子関係が悪化していることです

父親の名前があれば協力してもらえるそうです

そこで和解の申し入れを

娘(久美子社長)は考えたようです

ハイランズと業務提携した今

久美子社長は雇われ社長という立ち位置になったそうです

大塚家具が3年連続の赤字が続き

父親は心配して1年半前から

メディアを通じて相談に乗ると声をかけてきました

これは中国進出する際

中国資本の乗っ取られてしまうのでは

という不安があったからといわれています

そして中国のハイラインズは

父娘で和解を勧め

父親の人脈の獲得を狙っているそうです

その後の勝久氏

父親

「匠大塚」を設立

設立:2015年7月

店舗(3店舗)

  1. 春日部本店
  2. 匠大塚大宮タカシマヤ
  3. 匠大塚青山

大塚久美子さんの略歴とプロフィール

名前:大塚久美子(おおつか くみこ)

愛称:かぐや姫

大塚家具の創業者で父親の勝久氏と

経営手腕を巡って争いが勃発

その際、箱入り娘をもじって

「かぐや姫」と

呼ばれるようになりました

生年月日:1968年2月26日

年齢:51歳(2019年5月現在)

職業:実業家

肩書:大塚家具代表取締役

出身地

埼玉県春日部市

小学6年生の時に本社が東京に移転したので

転校しました

大塚家具の原点は春日部市です

出身校

  • 1980年:千代田区立麹町小学校に転校・卒業
  • 1983年:白百合学園中学校卒業
  • 1986年:白百合学園高校理系コース卒業
  • 1991年:一橋大学経済学部卒業
  • 2006年:筑波大学法科大学院入学
  • 2014年:筑波大学法科大学院終了

職歴

  • 1991年:大学卒業後に富士銀行に入社

(現在・みずほ銀行)

当時としては珍しいキャリア組(女性の総合職)として採用されました

1993年:融資課に配属

企画係で国際広報を担当

大塚家具での略歴

  • 1994年:大塚家具に入社
  • 1994年:経営企画室長兼営業管理部長
  • 1996年:取締役に就任
  • 1996年:経営企画室長
  • 1997年:経理部長兼総合企画部長
  • 1998年:取締役・経理部長兼総合企画部長
  • 2001年:取締役・創業企画部長
  • 2002年:取締役・商品本部長兼広報部長
  • 2004年:取締役退任・顧問就任(1年間の休業
  • 2005年:IRコンサルティング会社

「株式会社クオリア・コンサルティング」を設立

代表取締役に就任

  • さらに実家の大塚家の資産管理会社である

「株式会社ききょう企画」の代表取締役に就任

ききょう企画の株は家族で18%ずつ持っていたそうです

ききょう企画」の残り10%を母・千代子さんが所有

久美子さんが大塚家具の社長に就任する際

この「ききょう企画」の株式を支配しているのが久美子さん

そして支配下に置かれているのが3人の兄弟だったそうです

このことがお家騒動の重要人物として

母親の千代子さんが噂されました

母親の千代子さんは大塚家具を長男に

後を継がせたいと思っていたとか

性格や才能の問題ではなく

「日本古来の家は男性が継ぐもの」

「女性は男性を支えるもの」

古風な考えの持ち主といわれています

両親はおしどり夫婦とされています

メディアには全く出てこないので

情報は少なかったです

社団法人如水会(じょすいかい)とは

一橋大学の後援を目的とした団体です

如水会間は1982年9月に竣工しました

場所は東京千代田区一ツ橋の

元文部科学省が管轄していた場所にあります

如水会の命名者は

渋沢栄一さんです

令和に年号が変わり新しい1万円の顔になります

2007年:フロンティア・マネジメント株式会社の執行役員

2009年:株式会社大塚家具代表取締役社長兼営業本部長

2014年:社長を解任・取締役

結婚

結婚:未婚

子ども:なし

職業:実業家

最後に

大塚家具を調べると

長女の久美子さんはなんと幸せなんでしょう

働き者の両親に学問を授かり

美しく教養のある女性に成長しました

結婚相手とはまだ出会っていませんが

仕事では常にトップにいます

実家の家業でも

いきなり取締役なんですよね

下積みがないことが判明しました

父親と経営で決裂しましたが

両親が健康で生きていることは幸せな事です

筆者は祖母にごめんなさいを言えないまま

生き別れたので思います

そして父親と最期に交わした言葉さえ

長い月日が忘れ去ってしまいました

不慮の事故で別れが突然来たからです

自分のことを愛してくれた両親や

素敵な思い出を共有した友人とは

良い思い出のままでいたいものです

意見を討論することはよいと思います

しかし人間の命は限りあるもので尊いのです

久美子さんは側にある幸せが当たり前すぎて

見えないのだと思いました

お金も健康も仕事も教養もあって

両親はいつも健やかなんて素敵なことですよね

家族だから

娘だから

ごめんねといつでも謝れるし許してもらえるという

甘えと余計なプライドに

久美子さんの弱みに付け込む輩が表れ始めました

和解は難しいのかもしれません

親子でありながら経営が関わっているからです

さようならを上手にできなかった一人として

命がけで産んでくれた母親と

歯を食いしばって家族と社員の生活を守ってきた父親との

コミュニケーションは

諦めないで欲しいものです

最後まで読んでいただきましてありがとうございました

りおさ

 

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りおさ

りおさーチ

こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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