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中井貴一が主役をやることの意味がカッコよすぎて親しまれる理由

投稿日:2018-04-11 更新日:

中井貴一さんはデビュー当時から現在においても、主役として親しまれる俳優の一人です。

何事においても、やると決めたら妥協せずに進んでいく姿を知ることができました。

【中井貴一が学んだ主役をやることの意味とは】

初めて俳優の仕事をした時に、先輩から「主役をやることの意味は何か?」と言われたそうです。

先輩とは人物はわかっていませんが、この出会いが現在の中井貴一が紳士と言われる理由の原点にありそうです。

「人気がああるから高いギャラをもらったり、一番いい楽屋を与えられるのではない」

「主役になった人は、スタッフや共演者の健康状態や、精神状態などに気を遣いながら、現場ですごさなければならないよ」

「みんなにごちそうするために、高いギャラをもらってねぎらうもの」

「誰よりも気を遣うことから疲れてしまうので、一番いい部屋を与えてもらえるのです」

「それをいつも頭の中に置いて、主役をやりなさい」という教えを今でも守っているようです。

【俳優になったきっかけ】

中井貴一さんは、高校時代はテニスに励み、将来はテニスで身を立てていきたいと考えていたそうです。

シャイな性格で、人と話すと顔が赤くなってしまうことを気にしていたと述べています。

父親は人気の俳優スターである佐田啓二さんで、中井貴一さんは将来を俳優に期待されていましたが、俳優の仕事をするつもりはなかったようです。

中井貴一さんが3歳の時に父親を亡くしていたので、芸能界とは関係のない世界で生活していたと言います。

子役の話しが来ても母親が、断っていたそうです。

大学1年生の時に、就職の面接の席で、「あなたは俳優にならないのですか?」と問われた時に、人の前で何かすることは無理ですと答えたようですが、このことが自分が何ができるのかを、考えたことをあかしています。

そのころ、(成蹊大学に在学中の時に)映画の話しが来たことから、やってみたいと思ったようです。

3歳の時に父親を亡くているので、父親の俳優としての姿はわからないが、父親と同じ仕事がしてみたいという憧れから始めたことをあかしています。

母親は「自分で決めたならやりなさい」と背中を押してくれたようです。

1981年に公開された映画、「連合艦隊」でデビューすると、日本アカデミー賞新人賞を受賞しました。

映画・連合艦隊の共演者の方々は、中井貴一さんの父親が生前、一緒に仕事をしている先輩方だったようです。

中井貴一さんに「役者をやってもらいたい」と言ってもらえたことが、俳優の道に進んだきっかけになったことをあきらかにしています。

その後、21歳の時にTBSの金曜日の夜に放送されて、人気ドラマとなった「ふぞろいの林檎たち」に出演したことから、ますます注目を浴びるようになり、俳優・中井貴一としてメディアに認知されるようになっていきました。

【母と姉と中井貴一と・・・】

中井貴一さんは、俳優の佐田啓二さんの嫡男として生まれました。

1964年に交通事故で37歳の若さで死去しました。

中井貴一さんが3歳の時です。

女で一つで育った中井貴一さんの家庭は、厳しかったことを述べています。

姉の貴恵さんも、母親との思い出を語る時は、言葉一番に「厳しい母だった」と話しています。

母親は170㎝の長身で、悪いことをすると手が飛んでくることから、食事中でも臨戦態勢だったことを何度となく話していることから、父親を亡くした後、女で一つで必死に育て上げたようですね。

中井貴一さんと姉・貴恵さんは素敵な人と、憧れ続けられる理由には、厳しい母親のもとに、兄弟仲良く過ごしたことから、どんな時でも明るく、周りの人と協力する間合いが良い人なのだろうという印象があります。

今でも父親を尊敬する姿から、上品さがにじみ出て、これからますます素敵な俳優の仕事が舞い込みそうな気配です。

2016年、母親の益子さん死去(享年87歳)

【運を逃がさない努力とは】

一流の人物と言われる人には、いくつかの共通点があるように思います。

中井貴一さんは、俳優の仕事に対して、真面目過ぎるほどに向き合った人物のようです。

芝居をする時に、余力を残してやったら、お客様に失礼だと言います。

自分をピンチのところまで追いつめて、役に入り込むようにすると言うことから、自分に対して厳しい人という印象を持ちました。

また、3年後、5年後のことを考えて行動することが大切なことで、願いは叶うことを述べています。

中井貴一さんは、過去をあまり振り返らないようですが、そこには今できることの最善を考えて、丁寧に行動しているからこそ、振り返ることがないのかも知れません。

上手くいかなかったことは、きちんと受け止めて、先を考えて進むことを考えることが大事なのだとか。

しかし、中井貴一さんの言葉からは、客観的に自分を見るという姿も感じられます。

表現者として発信していく「間」のようなもののキャッチボールは、学生時代にテニスを親しみ、テニスのラリーを純粋に楽しんだせいかも知れません。

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プロフィール

名前 中井 貴一(なかい きいち)

生年月日 1961年9月18日

出身地 東京都

身長 181㎝

職業 俳優

既婚者

所属 オフィス貴貴

父 佐田啓二(俳優)(さだ けいじ)37歳没

姉 中井貴恵(女優)(なかい きえ)

本名・中沢貴恵子(既婚者)

最後まで読んで下さってありがとうございました。

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こんにちは りおさです。 サイト名「SALON DE RIOSA」はりおさの趣味の部屋です。普段はアトリエで物を作っています。ブログは子供の頃からプロフィールを収集することが好きだったので始めました。周囲にリサーチしていると「りおさの時間を短くしてリオサーチ」と呼ばれるようになったのが始まりです。 いろいろな世代の人が年齢や性別を気にせずに会話が弾んだら楽しいとおもったことがはじまりでした。 このサイトを訪れたあなたにとって、お気に入りのカフェにいるような、気軽な雰囲気でリラックスした時間を過ごしてほしいという思いを込めました。

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